ミステリー・サスペンス
「シミズと白い猫」
2,277文字
約5分で読了
清水リュウイチの恋は終に叶わなかった。
彼がレイと出会ったのは、高校受験に失敗し滑り止めの私立男子高が決まり不承不承と通学し始めた最初の春の5月の中頃。
登校中の電車で清水リュウイチはレイに一目惚れをした。一目惚れをしたその衝撃は純然を極め、崖から落とされた直後に落雷を受け落下してすぐさま後頭部をハンマーで打ち付けられた程度には眩暈がし、それはいわゆる初恋であった。
初めて言葉を交わすことになったのは公立に通っていたレイが清水リュウイチより数日早く卒業式を迎えた日であって、3年間も声をかけられなかったのは清水リュウイチの性格とかしか他に言いようがない。
ようやく食事に行ったの互いに25の時だった。直後、レイは清水リュウイチではない男性と子を作り、結婚した。
それから年に一度、清水リュウイチとレイは食事に行ったりした。一度食事に行くと2年空いたりするので、正確には年に一度未満ということになる。
ほとんどの場合、清水リュウイチの方から誘ったが稀にレイの方から誘うこともあった。さらに稀の頻度で二人は手と手を繋ぐ瞬間があった。それ以上の男女らしい行為は無かった。
レイの生涯でファミリーネームは三度変わったがどのタイミングであっても清水リュウイチとはそれ以上の関係にならなかった。別段、レイの方も清水リュウイチをパートナーの対象あるいは候補として見ていなかったわけではないがレイが僅かなシングルマザーとしての期間、清水リュウイチは仕事がやたらと忙しくなったりひとりっ子ゆえに親の看病をしていたりした。
やはり、清水リュウイチとレイは手と手を繋いぐことがあった。
清水リュウイチはその生涯を独身で全うした。無論、子孫を残すこともなかった。
数多の映画を鑑賞し小説を読み、紡がれる多くの架空の人生に自身を重ねるなどしての幾多の時を過ごした。
最後にレイと食事をしたのは70を過ぎた頃だったが、いつを最後とするかは互いに主張が食い違うので曖昧な記憶としてそれぞれに残った。曖昧な理由は認知能力の低下のせいかもしれなかった。
孤独は定年を迎えても身体機能を損なってもなお変わらぬ脅威を保持しピタリと密着して離れなかったので清水リュウイチは誤算だったと最期にボヤく。
その人生において最後に読んだ物語はレイの持ってきた病院の待合室にあったという『100万回生きた猫』だった。
「もし、生まれ変わったら……」
燃え尽きる蝋燭のように揺れ、途切れ途切れの意識の上澄みで、清水リュウイチはレイの言葉を最後までは聞き取ることができなかった。
*
リュウジは中学から高校卒業を迎えるまでに三人の女性と関係を持った。客観的に恋人と呼ばれもした。
一人目は清水イチカで二人目は清水フタバで三人目は清水ミカで同じ姓であっても三人に血縁関係は無い。少なくとも確認出来る範囲においては。
リュウジがこの奇妙な偶然に気付いたのは、大学卒業後新卒入社した会社で付き合い始めた清水ユカの時であり、思い返せば今までの彼女はみんな清水だったなぁと初めてぼんやりとゆっくりと過去を振り返っていた。実は大学ではさらに二人の清水なんたらと付き合っていた。
新卒で入社した先で出会った二つ上の先輩である清水ユカは歴代白い猫を飼い続けているらしかった。単に好みなのだと彼女は言った。リュウジはその3代目とされる白い猫に決して懐かれることはなく、会う度に四肢のどこかに二つ並ぶ小さな丸い傷を作った。
そういえば、とリュウジはふと思う。過去に存在する清水達も何かしらの白い猫のキーホルダーやTシャツや帽子やノートやペンなどを大事にしていたような気もする。気がするだけなので記憶に補正が入っている可能性も十分にあり得た。
過去の清水達はというと、リュウジは特にSNSに熱心な方ではなかったし、能動的に現状を知ろうともしなかった。興味もさっぱり湧かない。つまり生死すらも定かではない。過去友好的で密接な関係であっても、人生で二度と関わることの無い予定の他人の生死がそれほど重要な事柄とはリュウジにはまるで思えなかった。無論、訃報が届けばそれなりに雰囲気にのまれ悲しんだし、涙ぐんだりもした。
30歳を前にした転職後にリュウジより少し若い清水カナと知り合い、結婚前提という但し書きの付いた交際が始まった。より正確には転職先で暇を持て余した末に始めたマッチングアプリで知り合った。公には共通の友人の開いた食事会で知り合ったということとされた。
清水カナは白い猫や猫のグッズ等に興味を示さなかったが意外にもそれこそがリュウジに運命めいたものを感じさせる要素の多くを占めた。
「だって私は白い猫を見つけたんだもん」
「どこに?」
「場所の話じゃないわ」
リュウジとリュウジのファミリーネームを冠したカナの間に出来た子は女性で名を千春といった。取り立てて幸福と不幸の落差もなく、一般的とされる一般家庭としての時間を、リュウジの一家は平穏無事に過ごしていった。
「やっぱりあなたが先に逝くのね」
最期の時、リュウジは終焉の恐怖と充足感の濁流の中、カナの問いに頷く。
「信じてもらえないかもしれないけど」
カナはリュウジの骨ばった手をどこまでも優しくどこまでも強く握り、
「私が生涯愛したのはあなただけなの」
と涙を流して伝える。
「そんなわけあるか」
リュウジは弱々しく伸び切った声帯を震わせ、微笑してみせる。
「そんなことあるの。だってあなたも私に出会ってようやく白くなれたのだから」
その言葉がいつか娘の千春と読んだ絵本を指しているのだとリュウジが理解する頃、彼の魂はその身を離れていった。
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