ミステリー・サスペンス
「金縛りと飴玉」
1,323文字
約3分で読了
「昨日さ、金縛りにあったんだよ」
キーボードを叩いていると、ふと昨夜の出来事を思い出し、ディスプレイ越しに向かいの同僚の女に話しかけてみた。
「へえ。疲れてるんじゃないの? 睡眠麻痺って言うんだよ。脳だけが起きてる状態でストレスが原因なんだって」
「ああ、確かにここ最近ずっと月末みたいな忙しさだしね」
なるほどな、と彼女の博識さに感心し、そんなことの為に有給使うのもなぁと有給申請の書式ファイルを開いてみる。もう9月だっていうのに一日も消化してない。
「そろそろ彼女作ったら?」
「一応、アプリはやってるんだけどね。鳴かず飛ばず。どうやったらイイネ来るんだろ」
「ちなみにさ、見えた? 金縛りの時」
「それがさ、老婆や顔面蒼白の美女が乗っかってると思うじゃん。乗っかってたのはなんと白い立方体の箱だったんだよ。乗っかってたっていうか少し浮いてクルクル回ってた」
なにそれ、と彼女は笑う。僕だって『何これ』って思ったさ。
「天井に顔がぁ! とか言い出したら、それパレイドリアだよって言おうとしたのに。つまんない」
キーボードで「パレイドリア」を検索し、鼻で笑うと、何故かディスプレイ越しに飴玉が飛んできて額に当たった。
その日の帰り道。
アパートの目前で右足首に何かが這い上がる感触を覚え、年甲斐もなく僕は跳ねた。
脳裏をよぎったのは蛇。だったけど、そこにいたのはアスファルトの埃にまみれた薄汚いスライムだった。
驚かせやがって、と一抹の恐怖が安堵に変わるとスライムを足で側溝に寄せて落ちるまで見守る。
車に轢かれるよりはマシだし、たぶんそのうち流れていくだろう。
いつものように夕食という名の栄養補給を済ませ、コンビニのワインが侮れないという内容のSNSを上げ、いいねが10個来るまで無為極まりない一時を紫煙と共に過ごす。
ベッドに横になると、当然のように昨夜の事を思い出した。
でも、あれが白い立方体だったかいつの間にか怪しくなってきていた。
五面体だった気もするし八面体だった気もする。
白? いや真っ暗だったから灰色か青かもしれない。
そもそもなんで白だと思っていたのだろう。
そんなことを考えながら見た夢は、蛇に羽と火を与えて、お前はドラゴンだ、と任命する内容だった。
息苦しさから目が覚める。
まだ真っ暗で、また、身体だけが動かない。
ただ今日、僕の上にいたのは若い女性。
「老婆でも顔面蒼白の美女でもなくて残念だったね」
何がだ、と出ない声でツッコむ。
朝。
キッチンから届く音で目が覚めた。
「おはよー。もうパン焼けるから顔洗っておいでって、あれ? 顔色悪いよ?」
「ああ、またなんか、金縛り、だった気がする」
「疲れてるんだよ。有給今週末からだよね。私も休みだしゆっくりしようね」
「そうだっけ?」
そうだっけ? と思い、僕は会社に着くなり有給申請履歴を確認する。
やっぱり、と言うべきなのか、申請受諾の社内メールが届いていた。
「なぁ、僕いつ有給申請してた?」
「先週じゃなかったか?」
返ってくる同僚の声に違和感を覚え、ディスプレイを避けて覗いてみる。
「お前、女じゃなかったっけ?」
「はい? お前何言ってんだよ。いくらなんでも疲れすぎだろ」
僕はなんだか不思議な気分になって、デスクに転がっていた飴玉を口に放り込んだ。
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ