SF・ファンタジー

鞄を抱く男

581文字 約2分で読了
作者:福子
 北の町で、こんな話を聞いた。  ────────────  たどり着いたのは、田舎の無人駅だった。 ガス燈の心もとない明かりが、ホームと駅名標を照らしていた。  駅名標に目をやると、文字はかすれてしまっていて、読むことができなかった。 ホームの時計も私の腕時計も止まっていて、今が何時なのかも分からない。 あたりには家の明かりひとつ見えず、虫の声さえしない。聞こえるのは、自分の呼吸だけだった。  ホームにぽつんと置かれたベンチには、黒いカバンを胸に抱きトレンチコートに身を包んだ男がひとり、座っていた。帽子を目深にかぶっていて顔は良く見えないが、唯一見える男の口元に、私は懐かしさを覚えた。  ――誰かに似ている。  そう思ったけれど、それが誰なのか思い出せない。記憶をたどろうとすると、胸の奥がかすかに痛んだ。  その男は、蝋人形のような印象で気配を全く感じない、まるで絵のようだった。  ――この人は、なにか知っているだろうか。  そう思い、男に声をかけようと手を伸ばしたそのとき、鳴り響く汽笛が、私を現実に引き戻した。  列車がホームに到着し、ドアが開く。 「それに乗るといい。君は、まだ早い。」  男は少し顔を上げ、列車を見ている。 弾かれたように飛び乗ると、私の背後でドアが閉まった。振り返ってガラス越しに見ると、男は、微笑んでいた。  満天の星空の下、再び絵のように沈黙した男のカバンが、もそり、と動いた。
2026/09/29 ・ 👁️ 93回 ・ 💬 0件

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