SF・ファンタジー
聖騎士の苦悩
1,244文字
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君は覚えていない。
前世では、殺し合っていた。
そして、そのまた前世でも。
だが俺も、君と最初に出会った生を覚えていない。
今世、俺――古賀聖宗は日本に生まれ、この聖・カタリナ学園の教師になった。
〝厄災の魔女〟の生まれ変わり、|朝宮茉莉《あさみやまつり》を見張るために。
「おはようございます、古賀先生」
「古賀先生、ご機嫌よう」
「ああ、おはよう」
正門に立ち、次々と登校してくる女生徒たちと挨拶を交わしつつ、俺はただひとりを待っていた。
そろそろ来る頃だが。
俺は、腕時計に目を落とした。
いつも正門前に横付けされる黒塗りのベンツは、まだ見えない。
「古賀セン、おっはよ!」
肩を叩かれ、顔を上げると、担任しているクラスの生徒だった。
「こら、古賀先生だろう」
背中に向かって声をかけると、彼女はべっと舌を出し、小走りに校舎に消えていった。
のどかな朝の登校風景。
黒い炎に包まれた廃墟、血飛沫、悲痛な叫び声。
身体に染みついた凄惨な戦いの記憶も、今はまるで御伽話のように遠い。
そのとき、低いエンジン音が聞こえた。
顔を上げると、いつもより少し遅れて校門前に黒いベンツが停まり、後部座席のドアから、少女が楚々とした仕草で降り立った。
「お嬢様、いってらっしゃいませ」
「はい、いってまいります」
女性運転手に丁寧に会釈をすると、腰まである長い黒髪が揺れた。
朝宮は今、前世を忘れている。
だが、あの黒髪が紅に染まるとき、〝厄災の魔女〟として覚醒する。
そのとき俺は、朝宮の命を奪わなくてはならない。
「古賀先生、おはようございます」
朝宮は俺の前で歩みを止めると、きちんと礼をした。
顔を上げ、花が綻ぶように微笑んだ。
「ああ、おはよう」
朝宮が俺の前を通り過ぎた。
残り香がふと鼻を掠め、近頃繰り返し見る夢が頭に蘇った。
風がそよぐ葦原に、明るい笑い声が響いている。
紅い巻き毛の少女が金の波を掻き分けてゆく。その後を、銀髪の少年が笑いながら追いかけてゆく。
やがて少女は振り返り、震える手を差し出した。
「お願い、一緒に来て」
だが、少年はその手を取らなかった。
銀髪の少年は、幼い頃の俺とよく似た顔をしていた。
紅い巻き毛の少女は、朝宮……なのか。
覚えている四つの生のどこにもそんな記憶はない。
ならば、これは失った最初の生の記憶なのだろうか。
俺たちは、最初から敵ではなかった……?
一瞬、さらさらと揺れる黒髪に、紅い巻き毛が重なった。
目をこすり、俺は朝宮の背中をもう一度見つめた。
ふと、横から視線を感じた。
発進しかけた黒いベンツの運転席から、女性運転手がじっとこちらを見ていた。
――それは夢ではない。あの方はお前を愛したが、お前はあの方を見捨てた。その痛みこそが、覚醒の引き金だ。
言葉だけが、頭の中に直接響いた。
はっとして振り返ると、いつの間にか朝宮がこちらを見ていた。
黒かった髪の先が、紅に染まり始めていた。
――殺さなくては。
そう思ったのに、耳の奥に、葦原を駆ける少女の笑い声が蘇った。
俺は、朝宮を殺すための一歩を、どうしても踏み出せなかった。
《おわり》
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