恋愛

きみの恋を、あたしの文字で。

3,645文字 約8分で読了
気だるい日常。 意味のない、何も変わらない毎日。 言葉と数字で埋め尽くされた黒板を見ているだけの 退屈すぎる時間が、どんどんとあたしの心を蝕んでいく。 「……はあ。つまんない」 あたしはため息をついて、周りを見渡した。 くだらないモブたちは あたしの引き立て役にもならなくて、 本当に灰色のつまらない世界が あたしの人生を形成していく。 先生の声も、 黒板を走るチョークの音も、 いつしか遠くなっていった。 頬杖をついたまま、あたしはそっと目を閉じた。 ――まだ、小学生だった頃。 「待てって! 置いてくなよ!」 ランドセルを揺らしながら、 悠真が後ろから走ってくる。 「遅いからだよ。もう置いてくからね」 「ひでえ! 幼馴染だろ!」 「知らない。勝手に幼馴染になっただけじゃん」 「幼馴染って、勝手になるもんだろ?」 「……っ、うっさい」 あの頃は、くだらないことで笑っていた。 そんな毎日を、今では懐かしく感じる。 学校からの帰り道。 道端に転がっていた石を蹴って、 どっちが遠くまで飛ばせるか競ったり。 あたしが転べば腹を抱えて笑うくせに、 膝から血が出ているのを見つけたら、 急に真面目な顔をして絆創膏をくれたり。 そんな悠真のことを―― あたしは、確かに好きだった。 いつからだろう。 クラスが離れて、 話す回数が減って、 お互いに違う友達ができて。 いつの間にか、 好きだったことさえ昔の出来事になったんだ。 悠真のいない帰り道にも慣れて、 それが普通になっていった。 ……そうだ。 あたし、あいつのこと好きだったんだっけ。 「――おい。授業終わったぞ」 「……んぁ?」 顔を上げると、教室には 帰り支度を始める生徒たちがいた。 ……なんだ、夢か。 ……最悪。 よりによって、なんであいつなんか。 「終わったら、さっさと帰ろ」 鞄に荷物を詰め込んで、 何事もなかったかのように去っていく。 はじめから、ここには あたしなんていなかったと思わせるくらいに。 これだけが、あたしの 学校における日常の中で唯一のしあわせなのだ。 誰に邪魔されることもなく、帰路につける。 純粋に、ただ、まっすぐに。 すると、そこで呼び止められた。 「……澪、ちょっといいかな」 苛立ったあたしが振り向く。 そこにいたのは―― さっき夢にまで出てきやがった、 小学校からの幼馴染、悠真だった。 悠真は、驚いた顔であたしを見つめていた。 そりゃそうだ。 あたしはいま、あの退屈から抜け出して しあわせになれる瞬間を謳歌しようとしていたのに。 なにを邪魔してくれてんだ。 ふざけんのも大概にしろ。 ……それに。 なんで今日に限って、お前なんだよ。 おいおい、変な感情を放り込んでくれるなよ。 ただでさえ、こちとら感情がごちゃごちゃしてんのに。 「……なに」 声が裏返ってしまった。 誰かと話すのが久しぶりだったのだ。 でも、それだけじゃない。 あたしの声には、他の感情も混ざっていた。 おいおい、嘘だろ。 まさかすぎるだろ。 震える声。 気持ちの戸惑い。 汗ばむ手のひら。 なんか変に、焦りまで感じ始めてしまう。 「お前さ、字綺麗だから……これ、書いてくれない?」 「……はぁ?」 なんだ、お前。 何なんだ。 手紙かなんか知らないけどさ、 文面だったらてめえで書けよ。めんどくさい。 なんであたしがこんなこと……。 話を聞くと、好きな子がいるらしい。 けれど、自分で恋文を書く勇気はない。 おまけに字が汚すぎて、自分で書いた文字すら 後から読めなくなることがあるらしく、 あたしに泣きついてきたのだとか、ぬかしやがるのだ。 殴っていいよね? ほんとにさ。 「なんであたしが……。こういうのって、自分で書かなきゃ……」 「頼む!」 間髪入れずに遮りやがって。 いまはあたしのターンだろ。 断らなかった、あたしもあたしで腹が立つ。 好きな子が誰なのか聞くのも忘れたし、 ほんとに自分で書いたらどうなんだ。 少しくしゃっとノートの切れ端を握る。 すると、手汗が紙を泣かせてしまう。 「……ああ、もう」 頭をかいて、紙を鞄にしまった。 不貞腐れた仮面をつけて、 あたしはいらいらしながら帰宅した。 しあわせな時間なんて、 とっくに腐って滅んでる。 こういうのって、なにを書くんだ。 待てよ……。 あたし、誰かと話すのは久しぶりだけど、 手紙なんて書いたことあったか? さすがに鉛筆じゃ駄目だよな。 それともボールペン……。 でも、間違えたらめんどくさいし。 だいたい、お前の気持ちはどうすんだ。 あたしの気持ちをペンに抱かせたって、 全くもって意味ないじゃん。 ……やばい。 全然進まない。 とりあえず、書くだけ書いて振られても、 あたしはやることやったんだ。 あとは悠真に任せよう。 知らん知らん。 これ以上、あたしの時間を奪うなよ。 紙を睨みつけながらペンを握ってみたけれど、 意外と出てこないもんなんだよな。 あたしは、当たり障りのない文章で 紙を埋め尽くしていった。 標準語。 テンプレートのお決まり文句。 美化しすぎた言葉たち。 きらきらしてて、吐き気がするわ。 やめだ、やめ。 なんで、 あたしがこんなことをしなくちゃいけないんだ。 このまま破り捨ててしまおうか。 完成した文面を見て、あたしは嘲笑う。 あたし、性格終わってんな。 まじで。 気にすることなく、 くしゃくしゃに丸めてゴミ箱にそのまま捨てた。 やっぱりあたしには無理だった。 誰かのために何かをしたり、求められたり。 なんで、あたしなの? 他にも頼る人ならいるじゃんか。 あれから数時間が経ち、 あたしの時間はさらに狂って、調子が出ない。 悠真さえ、話しかけてこなければ……。 もやもや、いらいらしっぱなしで 全くもって落ち着かない。 深く、長すぎるため息が街中を包み込む。 ……ああ、もう。 分かったよ。 書けばいいんでしょ、書けば。 ぶつくさ言いながら、 大事にしていた、好きなバンドのライブで買った 限定の便箋を取り出した。 「……まさか、こんなところで使うことになろうとは」 よく考えてみると、 あたし自身のこともそうだけど、 誰のこともよく知らない、分からないままだった。 悠真を自分だと思い込んで、 文面を書いてみることにした。 手も、心も、時間も止まってしまった。 何も出てこない。 どうして。 さっきまで文句なら、あんなに出てきていたのに。 冷蔵庫から紅茶を出して、 一気に飲んで、ひと息ついた。 誰に出すかは聞かなかったから、 名前は伏せて書いたらいっか。 そして、もう一度ペンを握る。 「あなたを思うと、自分が自分じゃないようで。 授業はおろか、食事にも集中できなくて、 好きなことをしていても楽しくなくて、 あなたのことばかり考えてしまう。 あなたのことが好きなんです。 ぼくとお付き合いしてください」 ……こんなもんでいいだろうか。 改めて見ると、恥ずかしい。 考えれば考えるほど、悠真が頭から離れない。 ちょっと待ってよ。 これは手紙を頼まれたから……。 え。 うそ。 やだやだ。 好き……じゃないよな。 ちょっと待ってよ。 焦りまくって、手紙を落とした。 鏡を見ると、 自分じゃなくなったみたいなあたしの姿が、そこに映っていた。 「だれ……あんた。あ、あたしか」 戸惑って、変なことまで言っちゃうし。 急に意識しすぎると、 鼓動の音がうるさくて。 その頃、時間は真夜中で。 落ち着かないあたしは、 コンビニに行くことにした。 点滅してる信号が、 あたしのこころと呼応するみたいに瞬いている。 余計なお世話だ。 黙ってろ。 ドキドキドキドキ。 その場でしゃがみ込んで、泣きそうになる。 嘘だよ……。 前は確かに好きだったけど。 こんなふうに思い出して、 見つめ直しただけで、こんなことありえるの? あたしの平穏はどこへやら。 やりたいゲームも、 課題も、 趣味も、 部活も。 全部、中途半端に止まって。 優柔不断で、投げ出すことが多いけど。 これだけはちゃんとできたから。 明日、会ったらちゃんと渡そう。 翌日、学校に行って、悠真を呼び出した。 「……これ。で、できたから……」 あたしの心臓が高鳴って、 破裂しそうなのは言うまでもなく。 「おう! サンキュウな!」 手紙を受け取ると、 悠真は走ってどこかへ行ってしまった。 軽すぎんだろうが。 もっと崇めろ。 しあわせを犠牲にして仕上げてやったんだ。 感謝しろよ、まじで。 こんな言葉ならずらずらと出てくるのに、 素直になれないあたしが嫌だ。 この日の授業も退屈で、 あたしはまっすぐ、すぐ帰る。 今日こそは……。 いつものように鞄に荷物をしまって、 何事もなかったかのように去っていく。 やっぱり、これがあたしらしい。 気持ちよくて、清々しくて。 自分の靴に履き替えたら、 あとは自宅に向かって歩いていくだけだ。 雑念も、雑音も、 全部シャットダウンしちゃってさ。 自分の下駄箱に手を伸ばすと、 何かが手に当たった。 「え、なに。怖いんだけど」 取り出してみる。 あたしが書いた手紙だった。 え、うそ。 不備あった? ちゃんと書いたはずだけど。 慌てて中身を確認する。 そこには、 あたしの名前――『澪』がびっしりと書き込まれていた。 そして最後の最後。 悠真の字で、たった一言。 『大好きです。』 またしても、あたしの時間が止まる。 顔が熱い。 きっと真っ赤だ。 動けない。 「……ふざけんな。」
2026/09/18 ・ 👁️ 94回 ・ 💬 0件

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