コメディ・日常
いつも通り
1,118文字
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今日のマスターはいつも通りではなかった。
コーヒーは相変わらずとても美味しい。
ここのコーヒーは県内でも有名な焙煎所の物。
でも彼が淹れるとこうも違う。
何と言うか、疲れない。
まるでコーヒーを溶かした水のように、でも決して薄いわけでもなく香りも高い。
冷めるにつれて明確に甘くなる液体。
これがプロなのだろうと是非もなく納得してしまう。
マスターはおそらく不器用な人種なのだろう。
愛想が悪い訳でもなく、むしろサービスに小さなチョコレートテリーヌをくれたりもする。
私が話せば真っ直ぐに聞いてくれるが、彼から話しかけてくることはほとんどない。
それでも、今日はカウンターの向こう側にいる彼にはどこか違和感がある。
なんだろう。
たまに注文が重なると、まるで誰かと誰かが彼一人を操作してるみたいに全てを合理的にこなす。
静かに、とても素早く、そして綺麗に。
トーストも飲み物もテイクアウトも。
彼は同時進行に最短で終わせる。
アルバイトの子が全てを渡し終わった後、彼は小さな息を落とす。
その姿がとても色っぽくて、それを見たくて私は通っている節がある。
見守っていたいような、独占したいような。
目が合うといつものように少しだけ微笑んでくれる。
今日はその時間が0.1秒だけ短い気がした。
経営が上手くいっていないのかな。
体調が悪いのかな。
今日も美味しかったと伝えたい。
それだけのことを今日の彼は私に躊躇させる。
*
今日のマスターは何かおかしい。
だいたいカウンターから出ずにひたすら作る側だけど、いつにもまして引き篭もっている気がする。
「これ、お願いね」
優しいのか素っ気ないのか、いつも通りの短い指示。
滑舌なのか声量なのか今日はやたらと聞き取りにくい。
よく来る窓際のお姉さんも、どうやらマスターの異変に気づいている。
なんとなく、そんな気がする。
彼女は間違いなくマスターに気があるから。
私が先週、マスターに連絡先交換したらなどと言ってしまったせいだろうか。
ということはマスターも意識しているのか。
煮え切らない、なんてめんどうな中年なんだろう。
ああ、だから独身なのか。
かわいい。
でも、なんだか私まで話しかけにくくなっている。
ねぇ、マスター。
そんなに気負うくらいなら、私でもいいんですよ?
お店終わったら、ご飯に誘ってみようかな。
*
どうしてこうなったんだろう。
全ていつも通りの朝だった。
いや違う。
どうしてこうなったか、ではない。
どうして気付かなかったか、だ。
無情にも営業時間はやってくる。
お客様も来てくださる。
手を抜く理由はどこにもない。
今日もいつも通り、最高の商品と最高の時間を、だ。
だがしかし、この無様極まりない有様。
恥ずかしさと悔しさで涙が出そうだ。
僕は、今日、パンツを履いていない。
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