コメディ・日常

アバター

3,246文字 約7分で読了
作者:森陰五十鈴
 操作キャラがアバター形式のゲームをプレイするとき、付ける名前はまちまちだ。自分の名前は当然付けない。SNSのアカウント名で統一したりもしない。はまっている漫画のキャラの名前だったり、単に思いついただけの名前だったり、要は自分の分身に対してこだわりがないのだ。  その一方で、どのゲームにまたがっても、私が絶対に変えないものが一つある。  今やオンラインRPGでは、オープンワールドが当たり前。エリアで区切った方がサーバの管理がしやすいだろうに、みんなが地続きの世界を求めるものだから、メーカ側は需要に応えざるを得なくなっている。  どれだけの規模を考えているのだろうな、と荒野の真ん中をぬるぬる動く我が分身の後姿を眺めて思う。それなりのゲーミングPCを使っていることを横に置いても評価できる処理速度。現実と錯覚しそうなほど滑らかな動きがデータ容量の余裕を伝える。一応世界的シリーズの最新作なんだけど。  知らない開発費用に目がくらみ、企業努力に脱帽する。高い金を払った甲斐があった。昔はまだポリゴンが粗くて、動きも硬かった。2Pコントローラーが動かす男の子の魔法発動のタイムラグに、よくイライラさせられてたような。  相棒のジャッカルも、変にデフォルメされておらず可愛いし。  プレイヤー数も多いので、フレンドもすぐにできた。中には、なじみの顔もいるわけだけど。  待ち合わせの場所は、決まって酒場だ。西部劇に出てきそうな雰囲気なのは、今回の世界観のコンセプトによるものなのか、それとも開発者の誰かの趣味か。ともあれ、そんなところで円卓について、ジョッキを頼む。画だけでは寂しいので、リアルでは缶酎ハイ。ジャッカルを侍らせたいぶし銀のおじさんと赤が眩しいセクシー女戦士が一緒に呑んでいる様子は、なんだかトンチキな映画を観ているようだった。 「リリさんは、今回は赤毛のナイスバディさんですね。クールなレディが好みだと思ってたんだけど、違ったなぁ」  画面右下のチャット欄に打ち込む。最近のゲームのUIは文字が小さめなので、ちょっとキツい。でも、ボイスチャットにする勇気はまだなかった。別のアプリを立ち上げないといけないのも面倒だし。  それに、良い面もある。声による影響がないので、ネカマができる。男にでも女にでもなり放題だ。 「可愛けりゃ陰キャでも陽キャにも、セクシーにもスレンダーにもなりますよぉ。てか、コタローさんって実はけっこうなオジ? ナイスバディって死語でしょ」 「ネトゲで実年齢聞くなんて野暮ですよ。だいたいリリさんだって、その死語知ってんじゃないですか。あと、僕ここでは『ワルサー』なんでよろです」  名乗るたびに脳内に流れる渋い歌声。最近初代アニメにはまっていた。 「前の名前とかすりもせんね。顎髭なんかつけちゃってさ、普通もみあげでしょ、そこは。ネトゲ仲間に知られたくないわけでもなかろーに」  微妙に脱線している会話は、ご愛敬。くだらない会話をできるくらいの関係が、一番居心地が良いのだ。 「リリさんはずっとリリさんですね」 「ゲームアカはみんな統一。だって、他のところで会ってもみんなに分かってもらえるし。何処で誰だったか、自分でもわからなくなりそうだしね」 「意外に覚えているもんスよ」 「そーなのー? 記憶力ヤバー」  タイプの直後、拡げた掌で口元を隠すエモート。今回のリリさんは、ギャル仕様か。しかし、そんなエモートを備えた運営も、それを使いこなしているリリさんもなかなかヤバい。 「でもワルちゃん、ジョブとかクラスとかは、いっつも同じ。相棒がいるやつ」  相棒というのは、このゲームでは私の足元にいるジャッカルのことで。〈獣使い〉、〈魔物使い〉、〈召喚士〉――そういう何か生き物(?)を使う職業やスキルで遊ぶのが、私のプレイスタイルだった。 「そういうの選んで来てますからね」 「相棒の名前も、いっつも同じ。リクくん」  黙り込む。チャットでも、リアルでも。結露したアルミ缶がなんだか妙に滑る気がして、キーボードから離れたところにそっと置いた。 「なんかこだわりがあるの? ペットの名前とか?」 「そんなところです」 「へえ、犬? 猫?」 「いや、鶏で」  ふわー、と気が遠くなっているような表情のリリさんのエモート。演技が細かい。 「はじめて飼った子だったのに……喰われちゃったんですよ、狼に」 「ん? 狼?」 「夜に放牧してたばっかりに」 「牧場ゲームの話かーい! 洒落た名前つけてるな、鶏に」  初期費用ゼロからスタートの〝ほのぼの|生活《ライフ》〟ではじめて購入した家畜に、思い入れがないはずがない。 「ちな、御三家もいつもその名前です」 「こだわってんなー」 「何処に行っても、リクとは一緒です」 「愛だね」  別にそうではないんだけどな、と思いながら、打つ。 「愛です」  チャット欄はしばらく動かなかった。冗談にしてもちょっと重すぎたかな、と後悔する。  彼女は、ただのデータに対する私のこのこだわりを、いったいどう受け止めただろうか。  馬鹿馬鹿しい、ときっと一番思っているのは私自身で。それなのにやめられないこれを。 「お、ギルドに呼ばれた。じゃあ、私は行くけど」  席を立つ女剣士に向けて、いぶし銀なおっさんに手を振らせる。 「僕は今日ソロなんで」 「んじゃあ、リクくんとのデート、楽しんで」 「別に、愛なんかじゃないんだけどねー……妹だし」  もう一人だし、酒場を出て探索フィールドに出てしまってもいるが、二本目の缶チューハイを開ける。ゲームもしたいが、酔いたい気分だった。正確には、現実逃避に浸りたい気分、か。 『リク』の話をしてしまったから。  リリさんにはペットの話とか言ってごまかしたけれど、本当は違う。『リク』は妹がゲームで使っていた名前だった。  私たちが子どもの頃は、まだゲームのキャラクターは男ばかりで、だから名前も男の子寄りのを使っていた。妹は名前にこだわりがあって、いつも『リク』。だから、私はいつも『リク』と冒険をしていた。  二十年も前の話。本当は、両親が不仲で離婚して生き別れになったときに、とっくに終わってしまった話なのだ。  インターネットは発達していなくても、携帯電話はあった時代だ。ゲームなんてなくても交流くらいはできたかもしれないが、新生活やちょうど行き当たった高校受験やらで慌ただしくなって、そのまま疎遠。今ではもう、他人と変わらない。  それを後悔とかしているというわけではない。  家族愛なんてものでもない。  現れた敵キャラクター。ゲームでお馴染みゴブリンのテンガロンハットが可愛い。けれど隣のリクは、そんなものに構わず飛び掛っていく。ボタン入力と実行までのタイムラグなんて、今はほとんど気にしない。  妹が他人となった今も、この地続きな仮想世界を〝妹の代わり〟と一緒に走っている。  それは、陽炎のように私の頭の隅に残っている、妹と一緒にゲームしていたあの瞬間を、今もまだ惜しんでいるだけなのだ。 「なんかなーちょっとこそばゆいよね」  ギルドメンバーの招集を受けて合流。とはいえ、全員集まるまでまだ時間があるようで、操作を止めてぼーっとしていると、ふと先ほどの〝ワルくん〟との会話が思い出された。  リリは、今でこそ『リリ』と名乗っているが、昔は『リク』だったのだ。  ゲームアバターに女の子が採用されるのが一般的になったので、男の子らしい名前から乗り換えた。女の子で『リク』でも良かったが、やっぱり女の子らしい名前にしたかったので、『リリ』にしたのだ。  それを後悔とかしているというわけではない。  ただ、その名前を見かけると、つい自分に当て嵌めてしまって、こそばゆい気分になってしまうのだ。 「リクなんて、よくある名前だけどさ」  今となっては現実でも、男女問わずよく見かける名前だ。それをゲームキャラに使う人だって多い。リリも何人か見かけたことがある。  だけど、〝ワルくん〟は。こだわりどころか執着さえ感じさせるほどに、相棒に同じ名前を付ける友人については。 「自分が大事にされてるみたいで……ちょっと照れる」
2026/10/10 ・ 👁️ 59回 ・ 💬 0件

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