コメディ・日常
機械仕掛けの聖母子像
3,438文字
約7分で読了
「修理お願いできないかしら?」
よく晴れた昼下がり、一枚の写真を持って一人の女性が訪ねてきた。
「これはまた随分とご立派な……」
写真には大きなからくり時計が写っていた。
「祖母のものですの」
と女性は言った。
「現物を見てみないことにはお受けしかねますが……お伺いしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。お時間ございましたら今からでも大丈夫ですが」
「本当ですか。でしたらお伺いします」
私は女性と共にそのからくり時計を見に行った。
大きな置き型のからくり時計は時計の下に小さな扉が付いていた。
古びた大きな民家の玄関にそれはあった。
幾分、場所と雰囲気が不釣り合いな気がした。
しばらくそこで待っていると車椅子に乗ったおばあさんが出迎えてくれた。
「初めまして、時計の修理できてくださったそうで。ありがとうございます」
「初めまして、この時計は一体どうされたのです?」
「少し長くなると思いますが……」
おばあさんはそっとからくり時計をなでた。
「もう随分と昔になりますね。これはなくなった父が作ったものです。これを作った時、私はまだほんの赤ん坊でした。戦争の真っただ中、贅沢は敵だと言う時代でしたけど……市の公民館に置くために作ったものでした。父の時計は随分と大切にみんなから愛されておりましたのよ。定時になるたび短いオルゴールの音楽と扉から人形が出てきて挨拶してくれます。数秒で終わってしまうことですが私はそれが大好きで父の時計を見るために幼い子供の頃はいつも公民館に通ったものです。父は結局この時計を作った後、戦争に行って帰ってきませんでした。私にとって父の思い出はこの時計なのです。昔はちょっとした町のシンボル だったんですよ」
「コーヒーをどうぞ」
はじめに私の店を訪ねてくれた女性がやってきて、そう言ってくれた。
私は改めて時計をよく確認した。
高さは百六十センチメートルぐらい、横幅は八十センチメートルぐらいか。
家に置くには大きいが、公民館や役所の玄関に置いたらちょうどいいぐらいのサイズだろう。
からくり時計ならば、なおさら人の目についてちょうど良いのかもしれない。
動力は……ゼンマイ式か。
からくり時計としての仕組みは割とシンプルなものだろう。おそらく話していた通り人形が出てきてお辞儀をするぐらいの。
目立った傷もない、歳月での劣化はあるが……
「ずっと公民館にあった時計ですけど、三十年前に公民館の改修で我が家に引き取りました。もうその時には壊れておりましたが 置物として大切にされていたんですよ。それからずっと我が家のシンボルでした。この子も小さい時この時計が大好きで、いつも学校から帰ってくると時計にも挨拶してたんですよ」
そう言っておばあさんは女性の方を見た。
少し照れたような恥ずかしそうな顔して、小さな声で、
「もう、おばあちゃんたら」
と言ったのを、私は聞き逃さなかった。
「実は今この子がその公民館の職員をしておりましてね。また改修工事をするそうです。それでこのシンボルだった時計をもう一度置いてもらえないかと思いまして、ちゃんと修理してもう一度 公民館に。どうでしょうか、修理お願いできますでしょうか?」
「少し中を拝見させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんです」
二人が笑って頷くのを合図に私はからくり時計の扉をそっと開けた。
女性の人形が赤ん坊を抱えるその様子はどこか聖母子像のような優しく慈しみに溢れた面持ちをしていた。
母親と娘のからくり時計、そしてそれを作った父親。
――ここには家族の歴史があるのだ。
「お受けいただけないでしょうか……?」
二人が神妙な面持ちでこっちを見ていた。
私はそっと扉を閉めた。
「分かりました。ですがまずは修理のお見積もりと、内容の件でご相談を、かなり高額になってまいりますので……」
私は修理を引き受けることにした。
どうやら費用に関しては市のほうで負担してくれることになるらしい。公民館の新しい顔として、玄関に飾られることになる。
きっとこれからも街に愛される時計になるのだろうなと思いながら、修理の段取りを考えていた。
この時計はゼンマイ式だ。もちろんそれを尊重したいし 大切にしたいと思ったが、毎日職員がゼンマイをまくことを考えれば あまり現実的ではないような気がした。
歴史的な美術品だということを考えて正直あまり変えたくはなかったが、動力を電気に変えることを思い切って提案してみた。
ゼンマイの部分は差し込んだまま、装飾として動くことになる。ゼンマイ部分の消耗や汚れのつきやすさを鑑みてもその方がいいと思う。
人形も修復が必要になりそうだ。
大事に扱われていたとはいえ、歳月の劣化で傷がついたり汚れたりしている部分がある。これに関して言うならば私では手に負えないので友人の美術修復の専門家を訪ねることにしよう。
さあ、これは大仕事になるぞ。
三日ほどして工房にやってきた時計を改めて確認する。
扉を開けて丁寧に中の人形を取り外す。
確かに赤ちゃんの人形には依頼人の祖母の面影が少しあるような気がした。
これを作った父親は赤ん坊だった自分の娘と妻とすぐに離れ離れになって、戦争に行ってしまったのだろうか。
幼い娘と妻のことを想いながら、この人形を作って入れたのだろう。
優しく柔らかなもので人形の汚れを拭った。
大丈夫、必ず直してあげるから……
そっと心の中でつぶやく。
玄関の方で音がする。
知り合いの修復師がやってきた。
人形を預けると私は再び時計と向き合った。
随分とあちらこちらが、すり減って錆びついている。
底の部分にいくつか歯車が落ちていた。
取り替えなくてはならない部分は随分と多そうだ。
一つずつ分解して足りない部分を交換していくことになるだろう。一から作らなくてはならない部分も多そうだ。
もっともねじ巻き式ではなく、電気で動くようにするからまるごと取り替えてしまう部分もかなり多い。
中身がすっかり空っぽになった時計を見る。
内側に小さな名前が書いてあることに気がついた。
男性の名前ではない。
……二人の女性の名前。
それはおそらく、あの依頼主の祖母とその母親の曾祖母の名前だろう。
一体どんな気持ちでこの名前を掘ったのだろう……
もう一度あの家族のもとに戻れるようにしっかりと修理しなくては。
時計の表面の装飾を丁寧に修復してゆく。
中の部品をある部分は取り替え、ある部分はサビを落とし、丁寧に修復してゆく。錆びついた時計の針もまた磨き上げ 丁寧にはめ直す。
時計のゼンマイはすでに失われていた。
穴にあったものを探す。
最もここは実際にネジを巻くためのものではない。
スイッチを入れれば、秒針と共にゆっくりとゼンマイが動くはずだ。
修理された人形が戻ってきたのは1週間後。
経年劣化して少し色が変わった部分はそのまま、傷やひび割れは丁寧に修復されていて服の模様もきっちりと浮かび上がっている。優しげな表情をしていて我が子を見つめる母親。
そこに感じたのは深い愛だった。
「さあ、お嬢さんたち!ちゃんと家に戻してあげよう」
そう言って私は人形を丁寧に取り付けてゆく。
装飾の修復された扉の内側にそっと人形をしまいこんだ。
仕上がりは上々だ。
気に入ってもらえると良いが。
依頼人に修理が完了したことを電話する。
「本当にありがとうございます」
そう言って何度も礼を言われた。
依頼人の祖母にも電話を代わり、それこそ泣きながら喜んで感謝の言葉を伝えられた。胸の奥がずんと熱くなる。
美術運搬に連絡をして、公民館に丁寧に納品される。
「明後日、この時計のためのお披露目会をしますので是非とも来てください」
そう誘われて私は修復師の友人と2人、公民館に向かった。
晴れた青い空の下、公民館の前には車がたくさん停まっていた。奥の方の駐車場に警備員さんに案内され止めた後、玄関へと向かう。
そこには時計を愛する大勢の人たちがいた。
時計は時間を刻むものである。
時を刻み、その時をずっと見守ってきたのだ。
愛する妻と子の為にこの町の人々の為に、生み出され大切に扱われ壊れてからもずっと守られて、そして再び修理されこの町のために動き出すのだ。
それはこの町そのものを象徴しているかのようでもあった。
愛し慈しみ育み続けたこの町の時間そのものの象徴だ。
シルクのような光沢の布がかけてあり、時計の音が聞こえる。
私たちは感謝の拍手を持って迎えられた。
依頼人と祖母の目には涙
布が取り払われ盛大な拍手
オルゴールが鳴り響き
扉は開き姿を見せた聖母子像
―それは真の慈しみの姿であった。
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ