SF・ファンタジー

時計

893文字 約2分で読了
作者:aoiaoi
 僕が彼女と出会ったのは、100均の棚だった。  彼女は、たくさんのカラフルな時計たちの中から、どういうわけか何の洒落っ気もない黒の目覚まし時計を——僕を、選んでくれた。  嬉しかった。  社会人生活と同時に一人暮らしをスタートさせ、希望にキラキラと瞳を輝かせる彼女に選ばれたことを、僕は誇りに思った。  その日から、僕は自分の持てる全力で、彼女のために時を刻んだ。  一分も狂わぬように。  二度と戻ってこない、彼女の大切な時間を——一秒一秒。  僕のアラームを消した後に再び寝込んでしまい、遅刻ギリギリで部屋を飛び出していった朝。  会社で大きなミスをしたと、泣きながら帰ってきた夜。  自分へのご褒美に、人気のケーキ店のスイーツを買って幸せそうに頬張っていた週末。  子供のような泣き顔。弾けるような笑顔。  何かを思い描く微笑み。  困難を乗り越えるたびに大人になってゆく眼差し。  彼女と一緒に積み重ねていくその一瞬一瞬が、僕の幸せだった。  ある日。  彼女が、部屋に恋人を連れてきた。  背の高い、笑顔の優しい青年だ。  やがて、彼女が彼と一緒に選んだ新しい掛け時計が、部屋にやってきた。  銀の華やかなフレームをつけた、美しい音色を奏でる掛け時計。  その日から——  どういうわけか、僕の針はぴたりと動かなくなってしまった。  そんなつもりなど、全くなかった。  なのに、どうやっても僕の身体は言うことを聞かないんだ。  自分の役目は終わった。  僕の針は、馬鹿な僕の脳ミソよりもずっと早く、それに気づいたのかもしれない。  彼女は、泣いてくれた。  僕の全身を撫でながら何度も「ごめんね」と繰り返して、幾つも涙を落とした。  僕は、世界一幸せな時計だ。  最後まで、きみにこんな風に愛してもらえて。  僕の針は、もうきみの時間を刻むことはないけれど——  できるなら、もう少しだけ、きみのそばにいたい。  ちょっと埃っぽいこのカラーボックスの上で、きみを見守っていたい。  その笑顔を、泣き顔を。  そしてまた笑って……そうやって、きみが日々を歩いていく姿を。  どうか、とびきり素敵な時間を重ねていって欲しい。  これからも、ずっとずっと。  愛するきみへ。  もう時を刻まない、ポンコツ目覚ましの願い事だ。         〈了〉
2026/10/23 ・ 👁️ 10回 ・ 💬 0件

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