歴史・時代

本能寺が変 〜天正十年のバグ騒動〜

2,684文字 約6分で読了
作者:河内謙吾
 天正十年六月二日、未明。 京都・本能寺は、静寂に包まれているはずだった。 「……ん? 何やら、妙な音が聞こえぬか」  寝所に敷かれた布団の上で、織田信長は薄らと目を開けた。天下統一を目前に控え、常に神経を研ぎ澄ませている信長である。敵の奇襲か、あるいは刺客の足音か。  パチパチという火の音ではない。 ──ピコーン。ピコピコピコーン。  聞いたこともない、妙に軽快で電子的な音が、静かな寺の中に鳴り響いている。  信長が不審に思い、枕元に置いてあった愛刀・薬研藤四郎(やげんとうしろう)をひったくって立ち上がったその時、襖が勢いよくスライドした。 「殿! 殿ーーーっ!」  小姓の森蘭丸が飛び込んできた。しかし、その姿がどこかおかしい。  蘭丸の体が、なぜか粗いモザイクのような四角い立方体の集まり──いわゆる「3Dドット」になっており、歩くたびに「ザクッ、ザクッ」と、砂利を踏むような不自然な音が鳴っている。 「なんじゃその姿は! 蘭丸、お前、カクカクしておるぞ!」 「分かりませぬ! 朝起きたら我が肉体がこのような『ろーぽりごん』とやらに変化しておりまして!  それより大変にございます! 外を、明智の軍勢が取り囲んでおります!」 「何、光秀が謀反だと!? 敵の数は!」 「それが……」  蘭丸がドット絵の四角い手を震わせながら、外を指差した。 「敵の総数は『404』でございます!」 「404? 1万3千の間違いではないか?」 「いえ、敵の頭上に大きな文字で【Error 404: Soldiers Not Found】と浮き出ておりまして、それ以上の兵が見当たりませぬ! とにかく、お庭へ!」  信長は刀を抜き放ち、バサリと小袖を羽織って庭へと飛び出した。  本能寺の広大な庭。そこはすでに、現世の理が完全に崩壊した「バグ地帯」と化していた。  まず、本能寺を囲む頑丈な築地塀が消えていた。  代わりに、ピンク色と水色の巨大なプラスチック製のブロックが積み上がっている。  門があった場所には、ガラス製の「自動ドア」が鎮座しており、近づくたびに「ウィーン、いらっしゃいませ」と、どこからともなく女の声が響く。 「な、なんなのだこれは……南蛮の妖術か!?」  信長が呆然としていると、自動ドアの手前で、馬に乗った明智光秀が数人の具足姿の足軽を率いて、激しく困惑していた。  光秀は信長の姿を認めると、慌てて馬から下りて自動ドアの前まで走ってきた。しかし、ドアの手前でピタリと足が止まる。 「お、織田右府様! 謀反にございます! 本日は殿の命を頂戴しに参った……のですが!」  光秀は刀を構えたまま、涙目で自動ドアを指差した。 「この透明な障子に近づくと、我が軍の足軽たちが『いらっしゃいませ』と歓迎されてしまい、戦う戦意が完全に削がれております! しかも、一歩下がると閉まり、一歩進むと開く! 恐ろしくて誰も敷居を跨げませぬ!」 「光秀よ、攻め込む気があるならその妖術の障子を叩き割ればよかろう!」 「割ってみました! しかし、割った瞬間に頭上から【システムエラー:再起動してください】という謎の立て札が降ってきて、我が軍の騎馬隊の馬がすべて『横歩き』しかできなくなってしまったのです!」  見れば、門の外に控える明智軍の馬たちが、カニのように一斉に横を向いてパカパカと不器用にスライド移動している。これでは突撃などできるはずもない。  その時、ドサッと凄まじい地響きがした。  本能寺の本堂の屋根に、空から巨大な「L字型のブロック」が降ってきたのだ。 「殿! また上から四角い塊が!」 蘭丸が叫ぶ。 「先ほどから、あの塊が綺麗に一列に揃うたびに、本能寺の廊下や柱がガシャーンと音を立てて消滅しているのでございます! すでに台所と離れが消えました!」 「待て、それは完全にまずいではないか! このままでは本能寺そのものが消えてまう!」  信長は天を仰いだ。  天下統一の夢、本能寺での最期、燃え盛る炎──。思い描いていた壮絶な歴史の舞台が、謎の「テトリス現象」によってコメディ仕様に侵食されている。 「ええい、光秀! 一旦そこに入れ! 自動ドアをくぐれ!」 「は、ははっ! お邪魔いたします!」  もはや謀反どころではない。光秀は刀を収め、お辞儀をしながら自動ドアをくぐり、信長の前に平伏した。  敵と味方が、本能寺の庭で緊急首脳会談を開始する。 「光秀、お前は真面目で実務に長けておるな。この妖術をどう見る」 「はっ。おそらく、この本能寺の土地そのものの『しすてむ』が過負荷を起こしているかと。先ほど、裏手にある井戸を覗きましたところ、水ではなく『タピオカミルクティー』という、黒くてモチモチした謎の豆が入った南蛮の飲料が無限に湧き出ておりました」 「タピオカだと? 料理番はどうした」 「『美味である』と言って、総出で樽に詰めて売る準備をしております」 「切り替えが早すぎるわ我が家臣ども!」  信長が頭を抱えた瞬間、またしても空から四角いブロックが降ってきた。今度は本堂の真上に綺麗にはまる。 ──ガシャーン!!  凄まじい効果音と共に、本能寺の本堂が丸ごと消滅し、そこには広大な「平地」と、なぜか一台の「自動販売機」だけがポツンと残された。 「あああ! 本堂が消えた! 完全に一列揃ってしまった!」  蘭丸がドット絵の頭を抱えて叫ぶ。 「……殿」  光秀が真剣な面持ちで信長を見つめた。 「これは、これ以上の建築は危険にございます。もし、この敷地内がすべてブロックで埋まれば、我らもろともこの世界から『消去(でりーと)』されるやもしれませぬ」 「ならばどうする、光秀。ここで腹を切るか?」 「いえ。この動く床や、無限のタピオカ、そして自動で開く門……。これをひとつの『見世物小屋』として天下に公開し、入場料を取るべきかと存じます。そして、その利益でブロックを消去する職人を雇うのです」  信長は一瞬、目を丸くしたが、すぐにニヤリと豪快に笑った。 「面白い。さすがは予の目に狂いはなかった。光秀、お前を『本能寺テーマパーク・総支配人』に任命する! 謀反の軍勢はすべて、案内係と警備員に配属せよ!」 「ははっ! ありがたき幸せ! では、足軽たちには『いらっしゃいませ』の後に『お一人様五百文になります』と言わせるよう、徹底的に仕込みまする!」  こうして、歴史上最も有名な裏切り劇「本能寺の変」は、時空のバグがもたらした「本能寺が変パニック」へと姿を変え、織田と明智の共同ベンチャー企業として、まさかの大繁盛を記録することになったのである。  後に、この奇妙なテーマパークを訪れた豊臣秀吉は、「あのアヒル隊長が浮かぶ池、天下統一の記念に拙者にくだされ!」と大はしゃぎしたというが、それはまた別の歴史のお話。
2026/09/23 ・ 👁️ 147回 ・ 💬 2件

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読者の感想・応援メッセージ

河内謙吾
ごみがき様
ありがとうございます✨️
面白かった、最高の褒め言葉にございます!
ごみがき
私にはまったくないユーモア
それなのに好み
面白かったです
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