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ご主人様とわたくし
1,111文字
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「私の人生は、これまでもこれからも、くだらないおとぎ話を書き連ねる為だけに存在するんだ」
屋敷の一角にある書庫にて、ご主人様がポツリと言った。
彼女は部屋に置かれた机で何やらノートにメモ書きを続けていて、使用人である私の方は一瞥もしない。けれど、私が書庫にいる事を認識している。私の気配を読んでいる。
ご主人様の神経は、常に研ぎ澄まされていた。人の空気や言葉の弾み、ぬるい音、心の温度を徹底的に観察し、それを一冊のおとぎ話へ閉じ込めてしまう。
その敏感過ぎる感覚が故に、彼女は観察目的以外では人と交流しない。使用人に対しても、まるで骨董品を見るかの様な目つきで見る。私はその視線が少し苦手だ。
「ご主人様、お茶の支度が出来ております」
私は至って冷静に話し掛けた。しかし彼女は「あと数分で行く」と言ったままこちらを振り向かない。今までに、何度そうやって時間を先延ばしにされたことか。
私はうんざりして、でも怒るような真似はしたくなかったから、少し緊張した喉元を震わせて彼女へ言った。
「寂しいです」
私がそう言うと、ご主人様の動きが変わった。忙しなく動いていた手が止まり、ゆるりと身体が私のいる方へ向けられる。
「ふふ、そんな風にたしなめられたのは初めてだよ。実に可愛らしい口説き文句で結構だ」
微笑むご主人様は、何とも意地悪な顔をしていらっしゃる。きっと彼女は、予想外な言葉を私から引き出したかったのだろう。相変わらず、他者の言葉から何でもアイデアを得ようとする貪欲な物書きだ。
「私の事も、おとぎ話の一部にするのですか」
「するとも。お前は特に可愛いからな。私のなんでもない物語に登場させるのは楽しそうだ」
そんなのごめんだと言いたかったが、ご主人様は空想に生きる人だ。彼女はこの世にない世界を創造する事でしか息が出来ない。だから、いつまでもおとぎ話の夢を見続け、その夢に私も勝手に利用される。
「……するなら、とびきり愛らしいお姫様にしてくださいませ」
「約束するよ。お前の事は、とびきり可愛がってやる。文字の上でな」
微笑むご主人様は、やけに楽しそうだった。人の言葉や空気を舐め回すように観察して、偉そうに。
「服を脱がしたりしたら、許しませんから」
「善処しよう」
この空想家め。私は優雅に歩いていくご主人様の背を恨めしげに眺めながら、自分がくだらないおとぎ話の一節になるのを想像する。
貴女のお姫様となった私は、どんな顔で、どんな事を思うのでしょう。出来るなら、ロマンチストな騎士と恋に落ちる話にして欲しい。
空想が得意な、おとぎ話の中でしか生きられない騎士。その人と恋が出来るのなら、この世界で生きる私の満たされない想いも、少しは報われるかもしれない。
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