SF・ファンタジー
天才外科医
1,726文字
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ほんの少し前の話。
とある町に天才的なオペ技術を持つ医師がいた。普段は腰が低く温和な彼だったが、メスを持つと目つきが変わり、どんなに難しい手術も、通常より短い時間であっさりと成功させてしまう。彼の技術は今までに何百人という命を救ってきた。そのため彼は、治療した患者はもちろん、その家族、町の人々、国中の人々、果てには世界中の人々から賞賛され、厚く尊敬もされた。
ある時は、あらゆる医師がさじを投げた大手術を見事成功させた。またある時は、どこかの国の大統領が彼の噂を聞きつけ、手術を見学に訪れた。さらに小説や映画の題材にもなった。彼のいる病院は「聖(生)なる病院」と謳われた。
その上彼は容姿が端麗だった。あらゆる女性たちが彼のような男と結婚することを夢見た。金も地位も名声も手に入れた眉目秀麗の彼には、何の欠点もないように見えた。
しかし、完璧な彼にも一つだけ欠点があった。
運転が苦手なのだ。メスを持つと一流の男も、ハンドルさばきだけは五流以下だった。免許を取ってから一年の間に二度の事故をした。二度目の事故は人身事故となり、行政処罰も受けてしまった。それ以降、彼はバイクを運転することはおろか、車の運転もしないことにした。幸いにも金だけはある。遠出するときは運転手を雇うことにした。
彼の元には、何度か大都会の有名病院からスカウトが来たことがある。超医療先進国である国からもスカウトがやってきた。しかし彼は地元を愛していたため、勤務地を変えることはなかった。
また、彼は基本的に頼まれた仕事を断わらなかった。命を誰よりも大切にしていたし、自分以外の人間に難手術はできないだろうという自負があったからだ。どうしても彼の病院に来れない重病患者は彼の方から出向いたし、時には現地の医師に電話でアドバイスもした。
それから何年も経ち、医療技術は大きく進歩した。以前は難手術と言われていた手術も、ある程度技術のある医師なら成功させることができるようになった。
彼がもてはやされる時代は終わった。
もうテレビに出演することもなくなったし、新聞に特集されることもなくなった。しかし、真面目な彼はそれでも多くの命を救い続けた。「聖(生)なる病院」は未だ健在だった。
数年が経ち…。
ある日、新聞の一面に彼が掲載された。
表題はこうだった。
「有名天才外科医、手術失敗。今年になり三人死亡!」
このニュースは医学会を揺るがす大ニュースとなった。何しろ、ここまで医療技術が発達した時代に、手術のミスで三人もの命がなくなったのだ。しかも、失敗した医師はあの天才外科医。このままでは医療の信用問題に関わる。彼の病院は「聖(生)なる病院」から「死の病院」と揶揄されるようになった。
そうなると、医師連盟は黙っていられない。医師連盟は即、調査団を彼の病院に送った。
調査団の一人に彼と同じ町出身の医師Aがいた。Aは彼の手術ミスを信じていなかった。何しろこのAが医師になろうとしたきっかけは、彼を尊敬していたからだ。
「まさかそんなはずはない」
そう自分に言い聞かせて、この報道が誤報であることを祈りながら、Aは彼の所属する病院へ足を運んだ。
調査団はまず、彼が三人の命を落としてしまった手術室を調査した。手術室は最新の医療機器が所狭しと並んでいた。手術を手伝った看護師の話によると、三回とも同じ機器を使って手術をしたということだった。Aはすぐその機器を調べることにした。
この頃になると開腹手術や開胸手術、つまり大きく体に傷をつける手術は流行らなくなっていた。そこに置いてある機器は、患者の体に小さな穴を開け、そこから小さな治療器具を入れる、今ではありふれた機器だった。この機械を使えば、医師は直接患者の体に触れることはなく、モニターを見ながら機械を遠隔操作するだけでいい。実際に患者に巣つくう病巣を取り除くのは、ロボットアームだ。
確かに、医学も発展し手術ミスも以前に比べ、格段に減少した。だが、この機器だと彼の本領は発揮されることはない。Aはなんだか悲しくなった。
Aはおもむろに、機械の操縦桿に触れた。
その時、Aは気がついた。
形こそ車と違えど、その機器を操作する操縦桿は、まさしくハンドルと形容できるものだったのだ。
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