ホラー・怪談
肉食主義者を肉にする会
1,070文字
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「すみません。ちょっとお話、いいですか」
あ、宗教の人だ。
面倒だな。
居留守を決め込み、僕は炬燵に潜り込んだ。
その間ピンポンが二度鳴り、やがて静かになった。
と思えば、そいつはお経みたいな声で、手前勝手に喋り出した。
「甘利天吾さん、ですね。今、人間の食生活は、危機的状況にあります」
何だよ、いきなり勝手に喋んなよ。
炬燵に寝転び、僕は鼻を穿っていた。
「例えば、甘利さんが宅配で購入している豚バラ肉。あれは子豚です。思い浮かべてみてください。つぶらな瞳、母豚の乳房に吸い付く力強さを」
嫌だ何これ、ヴィーガンの会かよ?
不快になり、怒鳴ってやろうかと考えたが、やはり面倒なのでやめた。
その夜、僕は予定していた豚肉料理をやめて照り焼きチキンを食った。
二日目。
「甘利さん、ブロイラーの一生をご存じですか? 」
知らねーよ。
僕はまたもや居留守を決め込んだ。
触らぬ神に祟りなし、だ。
「彼らは、真っ暗な狭い場所で、犇めくようにして暮らしています。ベルトコンベアに流される餌をひたすら食し、陽の目を見るのは一生に一度、出荷の時だけ」
その日、僕は昨日の残りのチキンを食うのをやめて牛丼をデリバリーした。
三日目。
「甘利さん、霜降りというのは牛の本能を制御して運動不足の状態を作り上げる。脂はね、動かないほど美しくなるのです」
たちまち、食欲が失せた。
その日僕は、唯一の楽しみだった夕食を抜いた。
男はそれからも、毎日決まった時間に現れた。
そうしてきっかり三分間、説教をして帰ってゆく。
僕は、居留守を使い続けた。
こうしてひと月が経ったある日。
「甘利さん……」
僕は、初めてそいつのために戸を開けた。
「宗教家さん、いらっしゃい。僕、ようやく気づきました」
澄んだ瞳が、僕の底を見つめていた。
今、冷蔵庫には、三日分の肉が、食べかけのまま残っていた。
黙って差し出された手。
久しぶりの人の温もりに、涙が溢れた。
「十年ぶりに、人の温度を感じました。あなたは、こう仰りたかったのですよね?」
僕の口から、すらすらと言葉が出た。
「僕のような生命にも、できることがあると」
澄んだ目が、三日月のように細くなった。
「僕は、あなたについてゆきます」
強く握られた手が、心地よかった。
数時間後。
ビニールカーテンで囲われた僕のベッドに、防水シートが掛けられた。
静謐な気持ちで、そこへ寝そべる。
澄んだ瞳は、瞬きすらせず僕の身体を見下ろしている。
首元にチクリと痛みを感じた。
すぐに手足が痺れ、動かせなくなった。
瞼さえ、閉じられない。
「委ねなさい。全てを」
金属が沈み、首に温かいものが伝った。
ああ、これでようやく還れる。
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