SF・ファンタジー

ルーレット

2,444文字 約5分で読了
作者:毎日休日
 悪い星の下に生まれたのだろう。男はとにかく運が悪かった。  横断歩道に差し掛かれば信号は赤に変わり、男がトイレに行けば、トイレットペーパーはいつも芯だけ。人生唯一掴んだ幸運は、大手企業に入社出来たことだけだった。が、その会社も倒産してしまい、社屋は名前も知らない企業の手に渡っている。今男が所属する会社は、ボーナスも退職金もないゼロ細企業だ。  これだけ運が悪いのだ。いつかはその反動で、驚くような幸運が舞い込んでくるだろう。ひょっとすると、とびきりの美女が自分に迫ってくるかもしれない。宝くじが当選して、今までの不運を帳消しにしてくれるかもしれない。  そんな有りもしない現実を想像するのが男の唯一の楽しみだった。  そう、あのルーレットを発見するまでは…。  そのルーレットは、仕事終わり、怪しげな露天商の親父から購入した。  露天商の親父は、ねずみ男のような布を頭からかぶり、冬の寒さに震えながら客が来るのを待ち続けていた。いつもは見かけない露天商だったので、男は興味を持った。今思えば、あの時の冷やかしが男の運命を大きく変えた。  その露天商は、汚げなブルーシートに商品を並べただけの簡素な佇まいをしていた。並んでいる商品も、古臭い鍋やオタマ、竹でできた籠など、取るに足らないものばかりだった。  「お兄さん。なんだか浮かない顔しとるのぉ。」  目ぼしいものがなかったので、踵を返そうとした時。露天商の親父が声をかけてきた。男は人に声をかけられて無視するような非常識な男ではない。男は再び露天商の親父に目を向けた。  「運がないからね。運がなけりゃ、人はこんな顔になるんだよ。俺は昔から運がない。会社は倒産するし、好きな女の子は他の男に取られるし、今までいい事なんて一つもないよ。」  「そうか、でもまぁ見た所サラリーマンみたいだからまだいいじゃないか。俺なんてこの通りだよ。」  露天商の親父は、そう言って立ち上がった。確かに露天商の親父は見すぼらしく、社会の敗者と言ってもおかしくない容姿をしていた。  一緒にするな。男はそう言いたかったが、ぐっと気持ちを抑えて一言「じゃあな。」と言い、再び家路につこうとした。 その時だった。露天商の男がブルーシートの上にあった玩具のルーレットを男の胸に押し当ててきた。  「お前さんにぴったりの商品だ。このルーレットは特別でな、朝起きてすぐに回せば面白いことが起こる。まぁ、使って見な。お代はいらねえよ。」  そう言ってルーレットを手渡した露天商の親父は店を片付け始めた。  次の日の朝。  男はルーレットを目の前に置いて首を傾げていた。  ルーレットに書かれた内容が明らかに昨日と違うのだ。昨日は、ルーレットの盤面に数字が書いてあった。しかし、今見てみるとそこには「赤信号だけ」「電車が遅れる」「パソコンが潰れる」「好きな子から食事の誘いがある」など、意味のわからない文章が並んでいた。  男はその不思議なルーレットを見て少し怖くなった。しかし、ルーレットには人を惹きつける妙な魅力があった。男の心は恐怖よりも、好奇心の方が先行していた。  男は徐ろにルーレットを回した。  カラカラと小気味良い音を鳴らして、ルーレットは回り始めた。そして数秒後、ルーレットは「パソコンが潰れる」の所で針を止めた。直後、ルーレットの盤面は数字へと変わった。  「なんだよこれは…。」  首を傾げる男…。  だが、後に男はこのルーレットに秘められたとんでもない力に気がつくのだった。  あれから数日経った。  男は相変わらず毎朝ルーレットを回していた。  ルーレットの力は、男にとって実に魅力的なものであった。  なんとルーレットに書かれた内容は、その日に男が遭遇する”出来事”のリストであった。そしてルーレットを回すと、針の止まった所に書かれた”出来事”が消去される。その上、ルーレットの盤面に列挙されている、1日に起こる出来事は、殆ど全てが不幸な出来事であった。幸運な出来事は、通常のルーレットで0の書いてある所たった一つだけであった。いくら運が悪い男でも盤面に書かれた”出来事”は全部で37ポケット。単純計算でも一ヶ月と一週間に一度しかそこに針は止まらない。  数多い男の不幸から、一つだけと言えど、不幸が消えるのである。不幸な星に生まれた男にとって、そのルーレットは神様からの贈り物以外の何者でもなかった。  いつしかルーレットを回す事は男の習慣となった。朝起きて、枕元に置いたルーレットを毎日回す。その結果に一喜一憂する。不思議と大きな不幸が消去された時は、会社に行く足取りも軽く、仕事のやる気も俄然ちがった。  時に男の回すルーレットは幸運を指す事もあった。1日の中から幸運な出来事が一つ消えるのである。しかし、もともと不幸な星の下に生まれてきた男の幸運なんぞ、とるに足らないものであった。そのため、男はなんら気を負わずにルーレットを回すことができた。  ルーレットを回し始めて半年が過ぎた頃、男は再び露天商の親父を発見した。露天商の親父は、男を待ち伏せしていたようだった。  「どうだい、あのルーレットの力は?いいだろ?でもな、あれはこの世のものじゃないんだ。だからそろそろ返してもらいてぇ。もう満足しただろ?」  唐突に露天商の親父はそう言った。  「は?なんでだよ。俺はもう貰ったって認識だったんだぞ。今更返せなんてふざけるなよ。」  これほど素晴らしいルーレットを返す人間がどこにいるだろうか?男は吠えるように言った。  「俺は一度返せって言ったんだ。何があっても知らんぞ。」  露天商の親父は急に寂しげな顔をした。と思ったら、露天商の親父は闇の中に消えて言った。  「あんないいもの返してたまるか。」  男は吐き捨てるようにそう言って家路に着いた。  さて、露天商の親父と再会した翌日のこと。男はいつもの通り、朝起きて早々にルーレットを回した。  直後、男は発狂してしまう。  頭をかきむしり、家の壁を殴り、大声で自分を罵った。  それもそのはず、ルーレットが止まった所には、「宝くじ高額当選」と書いてあった。
2026/09/28 ・ 👁️ 65回 ・ 💬 0件

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