コメディ・日常
星空の下で
2,401文字
約5分で読了
「卒業式が終わったらさ、一緒に出かけない?」
「いいよ、どこに行く?」
私がそう言うと彼女は科学館のチケットを出した。
それと一緒に催されるプラネタリウムのチラシもセットで。
「一緒に見に行こうよ」
「うん、いいよ」
彼女が好きなのは天体観測、星占い、こういった天文学専門のイベント。私の周りでそんな風な友人はそれまでおらず、彼女と仲良くなった時にちょっと戸惑ったりもした。
いわゆる、リケジョになるのだろうか……?
高校の進学先も物理や天文学の授業に特化した私立高で私は家の近くの高校。3学期が終われば私たちは離れ離れになる。
残すところあと3日の中学生活。
昨日やっと合格発表を聞いて私はすっかり気合が抜けていた。ほっとしたけれど、彼女と離れ離れになってしまうのは心の底から寂しかった。
一緒に地元の高校に通う友人もいるけれど、一番仲がいい彼女はいないのだ。
胸の内にポツンと冷たい氷の塊が残っているような気がした。
だが、思い悩んでも残すところあと3日。
彼女は私立校に行ってしまうから来週からは引っ越しで忙しい。
自分のなりたい目標のため、まっすぐと前を見て勉強して、4月からの新生活に備えている彼女。
私はと言うと妥協で家の近くの高校。家から通えるし、中学の友達も半数以上は同じ高校に上がる。
それも悪くないのかもしれないけれど、彼女のような明確な将来の目標というのはまだない。
高校の3年間のうちに考えればいいか、ぐらいのゆるい考え方だ。私は彼女から受け取ったパンフレットを見る。
……プラネタリウムか。
正直見に行ったことはない。家の外でも星座ぐらいは見ることができる。とはいえ天の川は見えないし、満天の星空というのはあくまで想像の中でしか存在しない。
残りの3日間、クラスの仲間たちと 先生達に対するちょっとしたイベントを考えてみたり、黒板でみんなにメッセージを書き合ったり、そうそうプロフィール帳の交換なんて言うのもしてみた。ノートにみんな思い思いのメッセージが書き込んであって それを眺めながら3年間のことを思い出す。
クラス替えは毎年あったし仲良くなる子はその都度変わった。でも彼女とだけはずっと仲が良かった。毎日手をつないで帰った。彼女の話を聞くのは面白くて、私はちょっと口下手だからひたすら彼女の話を聞いて「うんうん」とうなずいているばかりだったっけ。
あっという間に3日後の卒業式当日がやってきた。
3月の風はまだ冷たく、桜はまだ蕾が硬い。校庭に水仙の花が咲いていて甘い香りが漂っていた。
みんなで何回も何回も写真を撮って、泣いてる子もいたけれど私は涙が出なかった。
母に話して彼女と一緒に電車に乗った。
時間は昼過ぎ。駅のホームの売店でおにぎりを買って食べる。
冷たくてあまり美味しいとは言えないけれど、それでも良かった。一緒に電車に乗りながら流れて行く風景を眺める。
これから行く科学館を楽しみにしていたけど、この時間が終わってしまえばもう彼女と会うことは滅多にないのだろう。
それを思うと胸の中の冷たい氷はすっかり心を冷やしてしまう。
やがて目的地に着いた。
そこまで人は多くはないが、プラネタリウムの方はかなり人が入っている。係員の方に促されるまま私たちは真ん中のあたりの席に座った。
あたりがシンと暗くなっていく。
心地よい音楽と優しい語り口調。
プラネタリウムは確かに眠くなる空間かもしれない。
だが初めて見る満天の星空は、たとえそれが作り物だったとしても美しくあまりに魅力的な世界を映し出していたのだ。
私は息を飲んだ。
街の明かりが消えた世界はこんなにも美しいのか。
私たちがいつも見ている世界は、本当は大切なものは覆われて何も見えていないのかもしれない。
子供心にそんなことを考えた。
ふと隣の彼女を見た。
暗くてよくは見えないが、目を輝かせプラネタリウムの映像の星空の世界に入り込んでいるのがわかった。
彼女が愛してやまない、天文学の世界がそこには広がっているのだ。
目に見えるものはほんの少しかもしれない。
普段の私たちの街の中では一等星ぐらいしか夜に見えない。
けれど本当はこの映像のプラネタリウムのように無数の星々が輝いている。
溶けた光の天の川銀河。
かすかな点のようにしか見えないアンドロメダ銀河。
人間の肉眼では決してみることのできない無数の銀河たち。
それを彼女は見ているのだ。
見えなくても見ているのだ。
胸の中の氷の塊は溶けるどころかほんの少し大きくなったような気がした。
プラネタリウムの時間は30分あっという間に終わってしまう。
「終わっちゃったね」
「うん」
「どうする?あんまり遅くなるとお母さんたち心配するし、アメニティグッズ買って帰ろっか!」
「そうだね」
彼女はキーホルダーを2個買った。
「はい!今日の記念だよ」
キラキラとした笑顔で私に渡す。
「ありがとう……」
鞄につけるといつものように2人で手をつないで帰る道。
「高校に行ってもさ、またメールするから!」
「ありがとう、私もする」
「ずっと親友でいようね!」
「うん、そうだね」
本当のことを言うと高校に行ってしまえばきっと連絡は少なくなってしまうと思う。もしかしたら、これきりかもしれない。
だが 彼女の手のぬくもりが伝わってきて、心の中にあった氷は小さくなってゆくような気がした。
冬の終わり、四月になればお互いに新しい生活。
電車に揺られての帰り道。
やがて駅について彼女とお別れ。
手を振る彼女を見送りながら寂しさが胸を覆い尽くす。
私は鞄の中のスマホを握りしめた。
あぁは言ったけれど、私はメールを出したりするのは本当は苦手だ。今まで出せずに削除したメッセージはどれほどあるだろう。
ピピピピピピピッ
着信音。
慌てて確認する。
彼女からだ!
『今日は楽しかったね!』
短いメッセージとともに、たくさんの写真、たくさんの笑顔。
それは私の胸の氷を完全に溶かしてしまった。
春はもう少し先。
甘い水仙の香りが辺りに漂っていた。
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ