コメディ・日常

カセットテープのノイズと歌

1,684文字 約4分で読了
作者:しとえ
 もうあれは何年前になるだろうか。 私は1つの歌と出会った。1つのカセットテープ。 それは当時私がバイトしていたコンビニに置き忘れてあったものだった。深夜のバイト。棚を整理している時に気がついた。 誰かお客さんの忘れ物だろう。  店長に話してしばらく保管していたが持ち主が現れる気配は一向にない。カセットテープには特に持ち主を特定できそうな名前などは書かれていない。 中身を聞けばもしかしたら持ち主に繋がるかもしれない。 そう思った私は店長と話し合いカセットテープを一度だけかけてみることにした。  カセットテープというのは、ほんの少しだけ音声が柔らかい。音質が悪いという人もいるかもしれないが、再生の途中に入るノイズが少し心地よい。  聞いたことのない歌が流れる。 柔らかな若い男性の声。 一体これは誰の歌声なのだろう。 私は想像した。 インディーズで活躍する無名のシンガー。 今の時代ならばCDに焼き増す事が、ほとんどだろうに、彼はノイズの入ったテープの音が好き。 自分が作った初めての曲。 それをテープに録音してコンビニのそっと置いた。 もしかしたらこの店で再生してくれるかもしれない。 そんな淡い希望を抱いて。  いや、違うかもしれない。 このテープが録音されたのは、まだカセットテープの全盛期。 このテープの持ち主は亡くなった父親の形見を持ってコンビニに買い物に来たのではないだろうか。 その父親は、昔ミュージシャンになりたくてこの曲を作って録音したんじゃないだろうか。 お葬式が終わって気が抜けて父の形見のテープを持って弁当を買いに コンビニに寄ったその人は、うっかりとカバンからテープを落としてしまったのではないだろうか。 どこで落としたのかわからなくて探しているかもしれない。  とても耳に残る曲だった。 曲というのは相性があって、その曲は私ととても相性がいいと感じた。 深夜のコンビニでその曲を口ずさむ。 耳に残ったメロディーは心の中で何度も再生され、やがて鼻歌となって私自身の声として微かに深夜のコンビニに響いた。  誰もいない深夜のコンビニ。 知らず知らずに鼻歌になっていることに私自身気がついていなかった。だから、お客さんが入ってきた時にうっかりと鼻歌を歌っていたのだ。 レジにまっすぐやってきたお客さんは 「すみません、その歌……」 と言って困った表情をしていた。 「いらっしゃいませ、どうかなさいましたか」 彼はしばらく困った様子だったが、一言こう言った。 「あの1週間ほど前、カセットテープの落とし物とかないですか?」 そうか、彼の持ち物なのか。 「はいお預かりしております。少々お待ちくださいませ」 私はカセットテープを取りに行った。 「ありがとうございます」 彼の表情がほころぶ。 「……あの、さっき歌っていた曲ってもしかして」 今度は私が言葉に詰まる番だった。 「申し訳ございません。落とされた方がわかるかもしれないと一度だけ再生させていただきました」 「そうでしたか。いえ、お気になさらずに!ありがとうございます。もしかしてこの曲 気に入っていただけましたか!さっき口ずさまれていたので!あっ、変なこと聞いてすみません。その、嬉しかったものですから」 彼の表情は少し嬉しそうになっていた。 「勝手に再生してしまい本当に申し訳ありません」 私はかなり気まずかった。 「いえいえ、ありがとうございました。あの肉まん1ついただけますか?」 「少々お待ちください。黒豚肉まんでよろしいでしょうか」 おそらくそのまま帰るのは気まずいと思ったのか、彼は肉まんを1つ買って帰って行った。 私はカセットテープの持ち主が見つかって少しほっとしていた。  翌日、彼がまた深夜のコンビニにやってきた。 「あ、あの、すみませんこれ」 そう言ってカセットテープを差し出す。 「もし僕の勘違いだったら、すみません!昨日、口ずさまれていたので もし曲を気に入ってくれているのなら受け取ってもらえませんか!ダビングしたやつです」 彼はそう言ってカセットテープを私に渡すと走って帰ってしまった。 私は少し戸惑った。 だが同時にほんの少し嬉しかった。  テープのノイズと彼の歌。 それが深夜のコンビニに響いた。
2026/10/20 ・ 👁️ 32回 ・ 💬 0件

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