コメディ・日常
春一番と傘
1,279文字
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あっ……!
春の嵐は傘をさらって行ってしまった。
私は慌てて追いかけて街路樹に引っかかった傘を手に取ったが、もはや見るも無残な姿だ。
斜めに降る雨風で私はあっという間にびしょ濡れになってしまう。
とっさに近くにあった喫茶店の中に逃げ込んだ。
……気に入っていたんだけどな。
赤い傘はあちこち骨が折れている。
丁寧に引っかからないようにたたむと雨傘用のビニール袋の中に入れる。
店内にはとても良いコーヒーの香りが漂っていた。
雨はまだまだ止みそうにない。
店内にラジオの音が響いている。
ザー…ザザー……ザーザー
今日はとても強い風ですね。
ええおそらく、春一番でしょう。
春一番!それではいよいよ来週からは暖かくなりますね。
ええ、来週の気温は高いみたいですよ。
春一番といえば、暖かい風のイメージがありますが……
そうですね。暖かい春風だと思われている方も結構いらっしゃるかもしれません。ですが本当はとても強い南風なんですよ。
春の訪れを告げる南風なんですね!
そうなんです。とても寒くてびっくりされる方もいらっしゃる かもしれません。
春はこの南風と一緒にやってくるんですね。
ええ、来週からはきっとクロッカスや桃の花が咲いてきっと 春らしい気候になるでしょう。
それは楽しみですね!
それでは皆さん春一番にちなんだ曲、キャンディーズの「春一番」をお送りいたします。
ラジオからは昔の歌が流れてくる。
雨音とラジオのノイズが混じり合い店内に響いていた。
ブラックのコーヒーは舌の上に酸味とコクを残して、残り少なくなっていた。
指先はいつのまにか温まっていた。
どうやらこの店のオリジナルブレンドらしい。
メニューにはキリマンジャロ、ブルーマウンテン、モカなど豆の種類が書いてあるが私にはさっぱりその違いがわからない。
マスターのおすすめのオリジナルブレンドはそんな私にも飲みやすく感じた。
チーズケーキにフォークを落とす。
やはりこれもオリジナルらしかった。
甘さ控えめのチーズの味の濃いベイクドケーキはコーヒーとよく合っていた。
いつのまにか雨は少し小降りになっていた。
私は傘を見た。
社会人になって一人暮らしを始めて、初めて買った傘だ。
出会いは偶然。私はその傘に一目惚れしたのだ。
雨の日は憂鬱になるもの。
ほんの少しでも明るい気分になれるように赤い傘を、安いものを買うよりは少し値段が高くても丈夫なものを買った方が長持ちするかもしれない。
そう思って、ちょっと値段の良いものを買った。
どうやらそれは職人さんの手作りらしい。
今時、そんな傘はなかなか売っていないだろう。
そしてそれを買ったのは、きっと正解だったのだろう。
曇りの雨の空の下、赤い傘は華やいだ。
大きなバラの花が咲いたように、きっと見えるに違いない。
雨の日の憂鬱はほんの少しだけ、傘の色で緩和しているような気がした。
それにやはり値段が少し高めだからか丈夫だった。
……修理に持って行こう。
確か購入店で修理の受付もあったのだ。
2から3週間ぐらいの日数がかかるらしいが、この傘がくれるウキウキとした感情を失いたくなかった。
雨上がりの空の下、喫茶店を後にした。
洗いたての空には虹。
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