その他
瓶の中の手紙
1,740文字
約4分で読了
ガラス瓶の蓋は丁寧に溶かした蝋のようなもので封をされていた。
瓶は長い間、海を漂っていたのかもしれない。
すりガラスの様に表面が削れて曇っている。
私は浜辺でそれを拾った。
家に持ち帰ると瓶を綺麗に拭いて、テーブルの上に置いた。
一体誰がこの瓶を流したのだろう。
しばらく迷った末に瓶の蓋を開くことにした。カッターナイフで蓋の周りについていた蝋のようなものを落としてゆく。
中の蓋を外してさらにその内側に詰めてあったコルクをコルク抜きで外す。
長い間、海にいたであろうに中に水滴が入った形跡はなかった。
中に入っていたのは、紙ではなく羊皮紙のような素材だった。
私はこういったものの素材には詳しくないからそれが何なのかは正確にはわからないけれど。
おそらく海水が入って大丈夫なように考えて入れられたのだろう。書かれているインクも特殊なもののようだ。
海水が入ってもにじまないように。まるで何年も海を漂っていても誰かが見つけた時に読めるように初めから書かれていたようだった。
滑らかな肌触りのそれをテーブルの上に広げた。
そこには読んだことがないような文字が書かれていた。
一体これは何だろうか……
不思議な手紙に私の心臓は高鳴った。
以前ラジオでやっていた、150年前の海に瓶に詰めて流した手紙が見つかったというニュースを思い出した。
無人島で『SOS』のために瓶に手紙を詰めて流しても何百年もかかってしまう、という話をコメンテーターがしていたのを思い出した。
この手紙も、もしかしたら何百年も経っているのかもしれない。
異国の乙女が書いたものかもしれない。
その人は大切な相手に向かって、手紙を送るわけにはいかず、何年かかっても構わないから届いて欲しいと願いを込めて海に流したのかもしれない。
―いつかあの人のところに届きますように―
そんな祈りが込められていたのかもしれない。
いやいや、もしかしたら、まだ天動説が信じられていた頃の時代、偉大な天文学者が大切な学説を書いて海に流したのかもしれない。
自分の知識を未来に伝えるために。
そんな決意が込められた手紙なのかもしれない。
もしかしたら、私はとんでもないものを拾ってしまったのかもしれない。誰かの大切な心を今私はテーブルの上に広げて眺めているのだ。受け取ってしまったのが私で少し申し訳ないような気がした。
そういえば私も子供の頃に手紙を瓶に詰めて海に流したことがある。
『拾ってくれた人、私と友達になってください』というメッセージをつけて。あの手紙はどうなったんだろう。
この瓶みたいに丁寧に封をしたわけじゃない。
適当にジャムの瓶に詰めて蓋をして海に放り込んだのだ。
あの手紙を拾った人はいるのだろうか。
それとも、海の藻屑となってしまったのだろうか。
もしかしたら遠い異国の地で、誰かが拾いそっと胸のポケットに私の手紙を入れたかもしれない。読めないけれど捨てるわけにもいかず誰かが今も持っているのかもしれない。
遠い遠い異国の地で誰かが今まさに拾ったのかもしれない。
いや待って、もしかしたら海の底に沈んで人魚が拾って開いているかもしれない。
鉛筆で書かれた子供の字を見て笑っているのかもしれない。
銀の鱗を光らせて手紙を持って泳いでいるのかもしれない。
瓶の中の手紙には魔力があって、誰かに届くためにそっと海を漂っているのだ。子供の頃、私が海に放り投げたように私が拾った手紙も誰かが誰かに届くために海に放り投げたのだ。
一体どれほどの年月をこの小さな瓶は漂っていたのだろう。
わざわざ私を選んで来てくれたのではないだろうか。
手紙の文字は一文字も読めないけれど……
翌日、私は額を買いに行った。
もしかしたらいつかこの文字が読めるお客さんが来るかもしれない。そう思って手紙を中に入れ額装して壁に飾る。
この手紙を書いた人はこんな風に飾って欲しいとは思っていないだろうけれど……
だけれど誰も読めず、ただ私が持っているだけなのは忍びないと思った。
いつか私の店を訪ねてきたお客さんの中にこの手紙の文字を読める人がいるかもしれない。手紙の持ち主の心を拾うことができるのかもしれない。
額縁の下には、波に削れた小さな小瓶。
海からやってきた手紙の文字を、
読めるお客様をお待ちしております。
海辺のレストランのオーナーより
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