その他
雨の肖像
1,042文字
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突然降り出した雨は僕の代わりに泣いているかのようだった。窓から見える早咲きの桜は濡れていて花散らしの雨が降る。
卒業式の翌日、先輩がいなくなってしまった部室。
イーゼルだけが残っていて、何とも言えない気持ちになった。
僕はイーゼルをたたむ。
あちらこちらについている情熱的な赤い絵の具、先輩が好きだった色だ。
東京の美大に進学した先輩は僕の憧れだった。
デッサンも上手かったけれど何よりも好きなのはその独創的な色使いだった。
きっと僕が同じ色を選んでも彼の絵は描けないだろう。
ホルベインの水彩絵の具、ターナーのアクリルガッシュ、さくらのクレパス。
思えばそんな基本的な画材の会社すら先輩がいなければ意識したことがなかっただろう。
彼の絵が好きだった。
彼のように絵を描きたいと同じ絵の具、同じ色を選んでも、決して彼の絵は描けない。
まっすぐに自分の目標に向かって進んで行く先輩を見て、同じ夢を見れたらいいなと思った。
……だけれど、どんなに頑張っても僕の絵は先輩の絵には少しも似ていない。
イーゼルに残っている赤。
目の覚めるスカーレット、情熱的なカーマイン、艶っぽい紅色、夜のランタンの色のようなチャイナレッド、血のようなクリムゾン……
彼がどれだけその色を好きで、どんなにこだわりを持って描いてきたか、残されたイーゼルだけでもそれを感じる。
憧れの先輩には決して届かないかもしれないけれど……
僕は同じ場所に違うイーゼルを出してきて立てた。
パレットの上に水彩絵の具、青、紫、黒、白、使いたい色を出してゆく。
雨に濡れた桜はそれでもなかなか花びらを散らさない。
たっぷりの水滴を受け重みで花が下を向く。
流れてゆく雨はやっぱり涙の様だ。
悲しみを洗い流して、重くのしかかる。
だけれど涙が流れてしまったら悲しみは心の外に放出され、僕自身の心の一番奥深いところに染み込んで行って、きっと悲しみを乗り越える力になってくれる。
雨とは自然の中の恵みなのだ。
花を散らし、地面の奥に染み込んで新しい若葉のための力を与えてくれる。
春を告げる美しい花びらは雨上がりの空の下ゆっくりと舞い落ちていくのだ。
雨粒に耐えることができても その後にやってきた穏やかな風にその身を任せて舞い落ちてゆく。
たくさんの涙の後にはきっと晴れた空が待っているのだろう。
イーゼルに立てかけたキャンバスに、青と白とほんの少しの赤い色、僕は描いた。
それは僕の心象風景とリンクする。
心の形を色と造形にして筆を走らせ描いてゆく。
やがて雨上がりの空。
完成したのは、雨に濡れる桜。
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