コメディ・日常
しっぽは、少し曲がっている
929文字
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坂道の端に、黄色く色づいたカラマツの針葉が落ちていた。アローザの村を歩きながら、千紘は軒先の木彫りの動物を見つけるたび、足を止めた。猫シッターの仕事を始めてから、旅先でも猫の姿が気になる。
木製ソリが壁に立てかけられた小さな工房の戸が、少しだけ開いていた。削りたての木の匂いに誘われ、千紘は中を覗いた。
作業台の上に、手のひらほどの木彫りの猫がいた。前脚を揃えて座り、しっぽの先だけが不思議な方向へ曲がっている。
「ハロー」
彫刻刀を持った若い女性が顔を上げた。胸元の名札には、リアとある。
「そこ、直す予定なんです」
リアはしっぽの先を指さした。ゆっくりした英語だった。
「失敗、ですか?」
「バランスがよくないんです。親方にも、もっと自然に整えるようにと言われて」
千紘は猫の背中を覗き込んだ。木目は額から尾へ流れ、曲がった先端で小さな渦を巻いている。削ってしまうには惜しい形だった。
「うちの猫も、こんなしっぽですよ」
千紘は携帯電話の写真を見せ、指先を鍵のように曲げてみせた。保護したときからしっぽの先が折れ曲がっていたこと、走るときにはいつも片側へ揺れることを、知っている単語と身振りで懸命に伝えた。
リアは写真と木彫りを交互に見た。
「変じゃないですか?」
「いいえ。とてもかわいいです。これがないと、あの子じゃないくらい」
千紘は胸元で両手を丸め、猫を抱く仕草をした。
リアは彫刻刀を置いた。木彫りを窓辺へ持っていき、光にかざす。しっぽの影が作業台に細く伸びた。彼女はその先を指でなぞり、しばらく黙っていた。
「……直さないでおこうかな」
独り言のような声だった。
「この子の個性にします」
リアの顔に、ようやく迷いのない笑みが浮かんだ。
千紘はその猫を買うことにした。リアは薄紙で包みかけた手を止め、少し考えてから、小さな紙袋に猫を入れた。しっぽが袋の口から覗いている。
「あなたの猫に、よろしく」
覚えたての英語でそう言って、リアは袋を差し出した。
工房を出ると、秋の風が山あいを吹き抜けた。千紘はアローザ駅へ向かいながら、日本に帰ったら、あの子のしっぽをいつもより丁寧に撫でてやろうと思った。
旅の鞄の中で、木の猫は少し傾いて座っていた。曲がったしっぽは、もう直す必要のない形をしていた。
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