SF・ファンタジー
「趣味と高級ワイン」
1,430文字
約3分で読了
「そう言えば、あなたの趣味は何だったの?」
赤ワインのボトルを手にラベルを見つめる男は、声の方へは目線を向けず、呆れ色のした息を一つ、大袈裟に落としてみせる。
「休日は、何してたかって意味でいいのかい?」
そうよ、と半拍も開けずに急かされ、今度は鼻から呆れ色のそれを抜く。
「少し離れたショッピングモールにさ、幼児たちが無料で遊べる施設があるんだよ。そこに行ってたのさ」
「相当な癖をお待ちなことで」
「いや、そうじゃない。いや、いや、そうじゃない訳じゃないが、君が思ってるのは違うと思いたい。僕はこの歳で独身だろう? なんて言うか、紛れると落ち着くんだ。慰めというか」
男の曖昧な主張は沈黙を呼び込み、また誤魔化した自責が嫌に喉元を窮屈にした。やがて、沈黙に耐えきれず、あるいは誤魔化した後悔を取り繕うように男は、深く酸素を取り込み、いっそ雄弁にと再び語り始める。
「いかにも休日の父親なカジュアルになってさ。例えば斜め掛けのボディバッグなんか付けて。見守るように、少し気怠るように、子ども達を眺めるんだ。そうしてると実感が湧いてくる。ああ、この子達は未来と可能性の権化であり、一般的な幸福が結実した成果物なんだなぁって。それが、ただ溢れ出し、そうであることが当然の空間で、そこでの孤独感がどうしようもなく心地よく癖になってるだけであって」
ははーん、なるほど、と納得した訳知り顔の声が男の雄弁を遮る。
「つまり、人妻や子ども達には何の、というより、性的な興味は無い、と」
その通り、と男は人差し指を向けて首肯する。
「でも、それはそれで、残念ですね。だってだとすれば、もうあなたは満たされないもの」
「僕に限らず例えどんな性的趣向であってもそうだと思うがね。しかし、意外だ。まさかすんなりと理解を示されるとは」
「あら? そんなステレオタイプに見えて?」
「いや、見えはしないが。君は車のナンバーを、フィボナッチ数列も知らないのに『・358』にするような人種だと思ってた。ああ、言い方が悪いかもしれないが、一般的な幸せが当然にある層、という意味だ」
「まぁ、否定はなしないわ。旦那さんはまさしくそうだったもの」
ほれやはり、と男は口角を釣り上げ、赤ワインのコルクを無音の内に抜き、グラスに注ぎ、一口で煽る。
「いやに、見せびらかすのね。高いワインなの?」
「そうだとも。今まで手が出なかった程さ。酒屋の主人は顰めっ面をしてたがね。やはり筆舌し難い素晴らしい風味だ。いや、しかし、不思議なもんだ」
「ワインの味?」
「いや、君の記憶さ。さっき旦那の話をしただろう?」
「それが? おかしいの?」
「おかしいとも。少なくとも僕にはそう思える。だって記憶というデータはたんぱく質に蓄積されるものだと考えていたからさ。なんだってゴーストの君が記憶を保持し、またこの一連の会話みたく新たに記憶を蓄積しているんだい」
密室の部屋だというのに、影はゆらりと揺らぎ、それは動揺や困惑を示しているのかもしれなかった。
「そんなこと、ね。だって今さら探求してどうするの?」
「それを言うなよ。必要なんだ。人として生きる為には。どんなに些細で、くだらなくて、価値の無さそうな物でも。目的を必要としている。その自覚が僕にはある」
「目的、ね。皮肉ね。それは皮肉よ」
「ゴーストが皮と肉を口にするのか。笑えるな。ああ、笑えるよ」
「そうね。笑ってちょうだい。笑えるにこしたことはないわ。今やあなたを除いて、世界中にはゴーストしかいないのだからね」
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