SF・ファンタジー
「魔女の好物」
1,953文字
約4分で読了
僕のジントニックは美味い。
ジンは深緑色のボトルの物が良くて、トニックウォーターは甘さが控えめの物が良いがこちらは好みに依る。
氷を重ねたグラスにジンを入れ、1カットのライムを絞った後、ライム自体は入れずに氷ごとよく回す。トニックウォーターをゆっくり注ぎ入れ再びライムをスプーンなどで押し込む。
彼女はこれをたこ焼きに合わせるのが好きだ。
たこ焼きならなんでも良いというわけではなく、商店街にある『タコ野郎』の醤油味が最適だと言う。
『タコ野郎』のメニューの中でも醤油味はたこ焼きに醤油をかけているのではなく、生地に出汁と醤油が含まれていてたっぷりの魚粉と鰹節にまぶして食べる。勿論、好みはあるが、美味い。
彼女は、
「うんうん」と満喫を見せた後に
「また太るわ」と言う。
彼女は20代まではイケイケの魔術師、いわゆる職業魔女だったが、子宮辺りを患ってからは事実上引退している。そういうものらしい。
たまに学院で講師をするくらいで、日中は配信の恋愛ドラマやらを貪っている。
僕の方では半年前から都市伝説を作ることにひっそりと熱を上げている。
冷笑文化上等。
SNS、ひいては生成AIの跋扈するこの時代に新たな都市伝説は誕生し得るか、だ。
題するは「コウモリ男」。
どんな災厄がありいかにして対策するか、そして本質となる教訓は。などは、未だ決まっていない。
今の段階ではただ目撃情報をショート動画にて垂れ流している最中である。わざわざ複数のアカウントを作って。
夜な夜なそんなことをしていると
「何してるの?」
と彼女が背後から覆い被さり訊いてくる。
「友達の動画の手伝い」
と僕は答えた。就寝前の彼女は眩暈がするほど良い香りをまとっている。
「暗い部屋でスマホを見すぎるとコウモリジジイが出てくるわよ」
「コウモリジジイ?」
「知らないの? 都市伝説の」
ちょっと、待て。
待て待て待て。
「コウモリ男だろ?」
僕は振り返り、彼女の瞳を覗き込む。
「それはパクリの方でしょ」
「パクリだと? ジジイの方がパクリじゃないか」
僕の反論を受けた彼女はいかにも不機嫌そうにスマホを延びたネイルでカタカタと連打した後チャットAIの画面を見せてくる。
AIはコウモリ男が後発だと、ハツラツとご機嫌に肯定している。
あり得なかった。
「コウモリ男」を始めるに当たり、当然調べ尽くしたのだ。調べに調べ世界各国の類似体まで調べ尽くした。
はずだった。
つんと頭が痛くなり、僕はキッチンに走り、ジンのショットを口に送り、ライムを齧る。
アルコールが食道を燃やしライムの酸で分泌した唾液が熱を冷たいものへ宥めるように変える。
鼻腔は強烈なボタニカルの侵攻を受け、押し返すように鼻から息を吐き、僕はようやく思考に傾注する。
「思考や認知を操作する魔法は存在するのか」
と少し距離のできた専門家である彼女に問う。暗がりの暖簾がかかったように上手く表情が捉えられない。
「存在自体はするけど厳罰付きの禁術で、そもそも閲覧すら認められていないのよ」
なるほど。
「どうしたの?」
「分からないんだ。混乱している。そういう類の魔法にかかっているのかもしれない。一体何の目的があって……」
「結果が意図に沿うとは限らないわ。入力と出力によって得られる結果の連なりが成果物であることは否定されないけれど、そこからの逸脱を試みない限り芸術性は存在しないと私は考えてる」
「芸術……性?」
「芸術よ。リニアからの逸脱は恋愛と同じなの」
「君は、逸脱を試みたのか?」
「勿論仕事よ。仕事だから許されることもある。使命を前に倫理がどれほどの価値を保てるのかしら。現代魔術はね、形式に奈落しつつあるの。すでに形骸化していると言ってもいいわ。その簡略の為す愚かさは、例えば数学の根底は1+1=2であると言い切るのと等しいほどよ」
「暴論だ」
「そうね。暴論であるという批判は一部、許容されるべきだわ。でもこれは後世の為であり、あらゆる学問は入門を必要とするわけだから。余地を排除するにしても議論は必要よ」
そう宣言し歩み寄る彼女は何故か清々しく見えた。ジントニックを飲み干すいつもの時と同じように。
そして、
「さて、問題は」
と腕を組み、左手を顎に沿わせ、おもむろに仕切り直す。
「どう平和的に収束させるかに尽きるわね」
「終息は……僕か?」
「あなたの真実はジントニックだけ。私は現役バリバリの研究者で、あなたのいつも言う醤油味のたこ焼きは存在しないわ」
「都市伝説は……?」
僕の声はすっかり小さくなり鳩尾の辺りからずっと震えている。彼女はそんな僕の首筋に手を回し、僕の視界は燦爛と潤う瞳に占められてしまう。
「ごめんなさい。ちょっと何を言っているか分からない。でも好きよ。あなたのことは。これからも仲良く暮らしていきましょう。喉が渇いたからジントニック、作って欲しいな」
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