コメディ・日常
『小咄』 恋に遊ぶ盲人共の賭け事
1,694文字
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その日、ウィリアムは賭けに勝った。
朝の校舎は、汗や柔軟剤の匂いの代わりに、ひんやりとした木の香りが漂っている。教室の戸に触れるウィリアムの指は、わずかに震えていた。意を決し、勢いよく戸を開くと、ジョンが机に突っ伏して泣いていた。
彼の肩は小刻みに揺れている。クラスには人気がなく、机や椅子が陽に染まっている。その内の一つ、窓際の席に座っているのがジョンだった。
デカい体格と不釣り合いな、やたらと甲高い声でしゃくり上げている。手をクロスさせ、机の両端にしがみついているらしく、机の足がフローリングに擦れる。その様子は、地殻変動を阻止しようとする巨人そのものだった。
巨人は、何やらブツブツと呟いている。
「もっと……違うミ……べきだ……」
その姿を見たウィリアムは、わざわざ廊下に戻っからガッツポーズをした。そして、トムの鼻をくじくための様々な名文句を思い浮かべた。彼の表情は大きく歪んでいく。しかし、スラリと通った鼻筋はむしろ、その存在感を強めていた。
一週間前のことだ。ウィリアムとトムは、どちらがクラス一のプレイボーイであるかで揉めた。「五十人の女を抱いた」だとか、「モデルを彼女にして手痛く振ってやった」だとか、ハタから見れば猥雑きわまりない内容だ。しかし負け知らずの彼らにとって、それは名誉を賭けた闘争だったのだ。
侃侃諤諤の大論争の末、とうとう痺れを切らしたトムがこう言った。
「ウィリアム。恋の、賭けをしようじゃないか。僕は恋愛のテクニックには自信があるんだ。これから一週間で、クラス一番モテないジョンのやつに、そのテクニックを教える。ヤツにガールフレンドが出来たら、僕のテクニックは本当だってことさ」
「じゃあ俺はスミスに付く。スミスも似たようなナードだ」
「あぁ。賭け金は二百ドルだ。失敗した方が払う。そでいいかな?」
トムのワックス臭い頭が揺れた。ウィリアムの返事は一つしかない。
「二百ドルのカメラなら、お前のマヌケ面がよく写るだろうな」
そうなじると、トムは口角を上げ、困ったように眉をひそめた。しかし表情とは裏腹に、目は不敵にギラついてきた。
「そのカメラを潰して、ポルシェのエンブレムにしてあげるよ。ま、そうはならないだろうけどね」
そして、約束の一週間が過ぎる。スミスに彼女をつけてやるのは造作もないことだった。後は、ジョンの様子を見れば結果が分かるだろう。ウィリアムはそう踏んでいたのだ。
「おい、ジョン」
ウィリアムは、泣き崩れるジョンに声をかけた。勝手に持ち上がっていく頬を戻しつつ、意外そうな声を出してやる。
「どうしたんだよ。ジョン」
哀れな大男の肩に触れる。それは、スポーツ選手が手にしたトロフィーを触れる気分に似ていた。陶酔感で目の前がチカチカしてくる。さらに厄介なのは、彼の嗜虐心は抑えが効かないということだ。相手の弱味につけ込み、徹底的にいたぶるのが、彼の至上の喜びだったのだ。
少し待っていると、ジョンの声が嗚咽の合間にこぼれはじめた。
「トムが……オレに……女の……けど、……られ……たんだよ」
トムが、女に、られた?
ウィリアムの脳内で、欠けた言葉のピースが埋まっていく。
「トムが、オレに女の扱いを教えてくれたけど、結局フラれた……って、そう言いたいのかよ? おい!」
ウィリアムはジョンの肩を揺さぶった。ウィリアムの細い指は、ジョンのたるんだ肉に包まれていく。ウィリアムは、肩を揺するリズムに合わせ、タップダンスでも踊り出しそうだ。しかし核心を聞き出すまでは、そうしまいと心に誓っていた。
「おいジョン! 彼女が出来なかったんだよな? トムの野郎は口だけ野郎だ。そうだろ?」
ウィリアムはもう演技を止めていた。美しい鼻にシワをよせ、半ば笑ったような怒声を吐く。彼の盛り上がった眉に陽が当たり、くっきりと影を落とした。ウィリアムの相貌は、彼の嫌悪する父親そのものだった。
「おい! そうなんだろ! ジョン!」
そう問い詰めると、ジョンは勢いよく頭を上げてこう怒鳴った。
「違ぇよ! トムがオレに女をくれたけど、二人とも車に跳ねられて死んだんだよ!」
露わになったジョンの顔には、何重もの包帯が巻かれていた。
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