コメディ・日常

恋文を読む人

1,094文字 約3分で読了
「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える。メールやメッセージアプリ全盛の時代、手紙を、しかも文字を指でなぞりながら読むなんて、ずいぶんとロマンがある。 「ちょっと微笑みながら読んでるの。しかも、ラブレターを文庫本で隠してる。道ならぬ恋かしら」 「道ならぬ恋って、ドラマじゃあるまいし」  妻の観察眼と想像力には感心する。でも、そうやって細かく説明されると余計に見たくなってしまう。それを察知したのか、妻は「ダメだからね」と釘を刺す。  確かに、僕が振り返って、もしその人と目が合ったりしたら、それはそれで気まずい。ここは妻のたくましい想像力だけで我慢しよう。 「どんな人?」 「女性で歳は……私達よりちょっと上かな。40の手前くらい。黒髪でウェーブ巻きのセミロング。綺麗な人よ」 「へぇ……」 「あなたの好みのタイプかもね」 「いやいやそんな……」  興味のないフリをして、空(から)になったコーヒーカップに口を付ける。  歳は40前で黒髪でウェーブ巻きのセミロングで、指で文字をなぞりながらラブレターを読んでて……。  ――しかも、僕の好みのタイプだと?  脳が物凄い勢いで女性のイラストを描かく。僕の想像力も、決して妻に負けてない。  あの映画に出てた女優さんか……いや、あのCMに出てたタレントさんか……いやいや、あのドラマのヒロイン役のあの人か……。妄想は止まらない。 「ダメだ! やっぱり気になるよ。そっと見ていい?」  妻が「そっとね」と言うのと同時に、ゆっくり……ゆっくりと首を回転させ、チラッと後ろを見た。しかし、そこには白いベンチがあるだけで、誰もいない。僕は思わず椅子から立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す。 「バーカ」  驚いて妻を見ると、「あっかんべー」と舌を出している。 「そういうことして、楽しい?」 「うん、すっごく」  あまりにも眩しい笑顔でそう言うので、何だか許す気になった。  僕は店員さんを呼び、無駄に働かせてしまった脳に糖分を送るため、コーヒーのおかわりを頼んだ。 「ふぅ」と一息ついてコーヒーを飲むと、僕の脳は、文字を指でなぞりながらラブレターを読む、妻の姿を描いた。  ――可愛いとこ、あるじゃないか。 (了)
2026/09/18 ・ 👁️ 185回 ・ 💬 0件

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