恋愛

片想いの教科書

773文字 約2分で読了
作者:月乃下 想
 少しだけ端がボロボロになった教科書。ページの隅には棒人間が全ページに書かれている。何の気なしにめくってみると、棒人間が走り幅跳びをしているパラパラ漫画だった。  子供だなあと思いながら、この教科書の持ち主をまぶたの裏に浮かべる。  私、先輩と同い年になったよ。  出会いは記憶に残っていないほど昔。お母さんに聞いたら、あんたが0歳あの頃からよと教えてくれた、近所のお兄ちゃん。  記憶に残っている、一番古い先輩との思い出は、犬に追いかけられた私を守って戦う横顔。多分この頃から、先輩は私の特別だった。 「どうした陽毬」 「学校の男の子が、いじめるのっ……うわあああんっっ!!」 「分かった、俺が守ってやるからな」  いつも私を守ってくれる、優しい背中に恋をした。  先輩が中学二年の夏、しばらく私と話してくれなくなったことがあった。  何か悪いことしたのかな、嫌いになったのかな、離れたいのかな。  不安に思った私は、ある夜先輩の家に押しかけ、先輩を呼んでもらった。  しばらくの沈黙の後、先輩は顔を真っ赤にしながら、「ごめんな」と口にした。  その声は、少し高めの、私が知ってる先輩の声じゃなかった。大人の男の人のような、低くて、でも安心する声。私は安心感に泣きながら、先輩に文句を投げつけた。  先輩はまた、低くて安心する声で「ごめんな」と言ってくれた。  先輩は数日後、事故で呆気なく、私の側からいなくなってしまった。  それからのことはあまり覚えていない。気がつけば先輩は、小さな、小さな壺の中に収まってしまった。  時は流れ、中学に入学する日。  お母さんから、中学一年の教科書を渡された。やけに使い込まれたような、言って仕舞えばボロボロの教科書。  名前を書くために裏を見た時、私は涙が溢れて止まらなくなった。  先輩の名前が、そこにあった。  私の片思いは、今も続いている。  先輩の教科書と一緒に、あと少しだけ。
2026/10/16 ・ 👁️ 18回 ・ 💬 0件

\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ

まだ感想はありません。

0 / 1000文字