SF・ファンタジー
肉まんの季節
1,192文字
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本質とは何かをその男は理解していた。
男の趣味は口髭を珍妙な形に整えることで、職業上マスクと帽子を欠かせない彼の生活スタイルにある意味でとてもマッチしていた。
男の仕事は個人の肉まん屋である。
別に極上の肉まんを目指していたわけではなく、近所にある昔ながらの肉まん屋の亭主が高齢で閉めるというのだから、それはなんだかなぁと思い、これでいいのかなぁと思いながら買い取った経緯がある。
毎年更新される酷暑を台風が舐め、ようやく夜風が心地よくなる時分に、その肉まん屋は毎年同じように賑わいを見せ、店主の男は蒸篭の湯気に包まれる。
いつぞや、「タピオカまん」なる物を思いつきのまま売り出してみた時は大変な行列が出来た。甘く煮込んだタピオカの仕込まれたスカスカのそれに、上等な生クリームを注入して手渡すというものだったのだが、今となっては生温くなるクリームともちゃもちゃした食感を思い出すだけで吐きそうになる。が、再販を求める声は未だ絶えない。
いちごマンやらマンゴーマンやらもやたらと人気でSNSでは不承諾にも関わらず「生まん」などと危険そうなネーミングで呼ばれたりもした。こちらは保温していたあんまんの底から角切りの冷たいフルーツをこれでもかとねじ込んだシロモノで、よくよく標準レベルでは問題のなかった原価が実際でみるとまるで破綻していたのですぐにやめた。再販を求めるDMは後を絶たない。
そんな感じですったもんだしている間に、ファンは弟子になり、フランチャイズの交渉をしてくる奇妙な輩も現れた。
マスクを取る瞬間の相手の反応は至福の時だったが、それもカリスマ性とやらに吸収され途端につまらなくなったので口髭もやめた。
男はそれでも湯気のベールの中、肉まんを作り続ける。
王道の肉まんは肉餡がタマネギの量の半分を超えないように絶妙な配合がなされていて、男の唯一のこだわりと言えた。
「本質を大切にしている」
などとよく評された。
「ルールと本質は違う。本質とはその字面の割に、恣意的で刹那的であるいは錯覚であることも吟味する必要を孕み、盲信と疑義を両立させなければならない」
両立させなければならないの部分はさすがに言い過ぎたと反省するも、そうした仏頂面で応じるといつも拍手が起きた。
大将、社長、マスターと好きに呼ばれ、今日は微妙な餡だな、という出来であってもこれこそが唯一無二だと叫ぶ声があった。
今年も台風が去り夜風が羽織物を引っ張り出す。
男は今日も肉まんを作り、売る。蒸篭の息吹きに身を委ねる。
弟子たちもいつしか子を持ち、いつの間にか勝手に暖簾を分けて持っていったりした。
その日店にきた老人は、杖に支えられ皺深い顔の笑みで注文もせずに入り口に立っていた。
「大将、あんた何歳になったんだい」
「ああ、どうだろうな」
「俺はアンタの弟子だから言わせてもらうがね、アンタさすがに狂ってるよ」
「本質ってやつは、そういうもんだ」
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