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「ねぇ、覚えてる?」
絞り出された|麻衣《まい》の声は、髪や涙と一緒に強風に流されそうだった。
「僕には君が必要だって。傍にいてくれって言ったのに」
「覚えてるよ。今だって気持ちは変わってないよ」
|和己《かずみ》が一歩前に出ると、麻衣も一歩後ろに下がった。鉄の足場がカツンと響いた。
「麻衣。頼むから落ち着いて」
「いや。来ないで!」
和己が差し出した手を、麻衣は両腕を胸に抱く事で拒絶した。
「私嬉しかった。かず君を守りたいって思った。それなのに接待だとか仕事だからとか。いっつも私は家で一人! 一緒になっても一人の時間が多いなら、ずっと一人のままの方が良かった!」
和己は唾と一緒に言葉を飲み込んだ。今「仕方ない」なんて口にしてしまえば、麻衣は身を投げ出してしまう。乗っている足場には、もう後がない。
和己の言葉を待つかのように風がやんだ。
「僕が悪かった。努力する、いや変えてみせるから。お願いだ。落ち着いてこっちに」
運命の出会いでも、積み重なる|僅《わず》かなスレ違いが、ほころびを生んでしまう。それは些細な切っ掛けでぼろぼろと|解《ほつ》れてゆき、偶然の出会いへと変わってしまった。
「僕が悪かった。努力する、いや変えて見せるから。お願いだ。落ち着いてこっちに」
麻衣は手を伸ばした和己の瞳を、その中の熱意を測るかのように見つめ返した。
「かず君……。あっ」
胸に抱いていた両腕を解いた麻衣が突風に煽られた。
「麻衣ー!」
「きゃーー!」
和己は欄干から身を乗り出し目一杯腕を伸ばした。しかしその手は悲鳴だけを掴み、麻衣の姿は空中に消えてしまった。
**********
「もういいですか。次のお客様お待ちなので」
「あ、はい」
麻衣が立っていた足場の手前に居たツナギ姿の男性が、慣れた感じで和己にセイフティーエリアから退くように促した。和己は素直に欄干から体を離し出口通路の先へと向かった。
大人しく引き上げられた麻衣は、出口へ駆け出すと和己に抱きついた。
「先輩なんなんです?」
ワイヤーロープを絡まないように束ねる青年が、熱い抱擁を交わす二人を見ていった。
問い掛けられたツナギ姿の男性は、ハーネスの点検をしながら鼻を鳴らした。
「東京から来る、ぶっ飛んだカップルだよ。喧嘩したら飛び降りのシミュレーションで互いの大切さを確認するんだと。ただの趣味レーションとしか思えないけどな。いい加減セリフも覚えたわ」
「毎回やるんですか、あれ!」
「誰かが動画あげてバズったとかで、今は3パターンあるよ」
「先輩……。お疲れ様です」
青年の哀れんだ瞳に、ツナギ姿の男性は「おう」とだけ応えた。
和己と麻衣の行動が、バンジージャンプ施設スタッフがお客様に許せるボーダーラインだった。
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