ミステリー・サスペンス

じゃないじゃないじゃない

1,323文字 約3分で読了
作者:珈琲時間
 僕は、思う。  エントロピーの先、熱的死まで続くこの宇宙の理を。その過程を担うこの肉体と精神とその刹那を。  僕という個体はあらゆる事物と相関しているが、すなわち因果とは言えない。因果はきっと僕という生涯の中で徹頭徹尾完結している。認識ベクトルの違いだ。他と僕と全ては似たる非としてただ存在している。言うなれば粒子と粒子。結合はしても融合はし得ないどこまでも儚い単位の見る夢。  そんなものがこうやって思考をしてみているのだ。  提示された数字という記号の中から任意という甘い蜜を垂らされ6つの選択を行う。  まるで丸が丸の穴に三角が三角の穴に四角が四角にそれぞれ落ちていくように、僕は提示された数字から選択していく。選択しているかのように選択する。  衝動には経緯があってそのまま動機の弁明に当てはまる。  クソったれな人生だった。  誰も傷付けまいと誓った果て、幾度も裏切られ、それでも人を信じよと世間様はのたまうのだ。  故に僕は逆転を要求する。既にどうしようもない帳尻を合わせる為に、六つの数字を呆けて選び散らすのだ。  今日もこの宝くじ売り場で。 *  私は、思う。  人の気持ちを考えなさいと、そう育てられ育ってきた。でもどう? 実際には慮った瞬間に利用されることを受け入れなければならない底無しのこの理不尽さ。  ただ愛し愛されたいと望む心は、くだらないマウントのシーソーゲームに弄ばれ、とうにすっかりと擦り減ってしまった。  あなたを傷付けたくないのか私が傷付きたくないのか、なんて一体誰が明瞭に答えられるの。  少なくとも私には分からない。分からなかった。  トレードオフでしかないというのならなんて無惨で不条理なのだろう。  あなたが傷付くと私も痛い。それが嬉しい。私が私を傷付けても、傍に空白が生まれるだけだったから。  あなたに傷が付くと私も痛い。それが嬉しかった。その痛みがもう今はどうしようもなく恋しい。愛おしい。  あなたのことは傷付けたくないの。それでも誰かと繋がりたいの。丸は丸い穴に抱かれ三角は三角の穴に抱かれ四角は四角に。そんな風に誰かと誰かに私もなりたいの。  ナイフを介してでも私は触れたい。その為の傷が必要なの。痛いことをしたいの。  無性に。  誰かに。  どこまでも。  無性に。 *  僕は、考える。  この人が一体誰なのかを。何故僕なのかを。  その人の眼には孤独が溢れている。少なくとも僕は毎日鏡に同じ眼を見てきた。  それと同じくらい見てきた妬みの生む不条理でお門違いな怨嗟。あるいは理不尽の妖精?  この僕は、君と同じくらい孤独で、君が妬むような幸福者ではないというのに。君の生む因果は、誰も君を憎みはしないというのに。  だってそうだろうさ。休日の宝くじ売り場にひとりでいる人間に何を期待するというのか。何を望むというのか。この僕の命を誰が惜しむというのか。  何かを言うべきだろうか。恨み言の一つも吐くべきだろうか。  恨み?   何に?  そう、抗えないのだ。  内側に引っ張られた感触の果て、けたたましく熱するこの身の内。体内にあったむず痒い所にようやく触れた安堵感と爽快感の混交。  脳の報酬系が爆発し、生涯をかけて味わう快感を一挙に凝縮したような酩酊感。  ああ、だからこそ僕は君に伝えなければならない。 「僕じゃない。君は間違えた」
2026/10/11 ・ 👁️ 54回 ・ 💬 0件

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