コメディ・日常

絹ごし豆腐の角で頭を打ってご臨終する話

1,446文字 約3分で読了
作者:周雨
「はっ、はっ……うわっ!」  上も下も右も左も、全てが真っ白い空の中で、私は必死に走っていた。途中で足がもつれて転ぶことが既に何度か起きてはいるが、すぐに体制を立て直してまた走り 出す。  後ろを振り返ればあいつが迫っているかもしれない。  白の中に僅か一滴だけ黄色の絵の具を混ぜた様な色をして、つるりと滑らかな表面が美しい四角形の―― 「絹ごし豆腐に! 襲われたのっ!」 「大晦日に浮かれて机の角にでも頭ぶつけてきたの?」 「そーじゃーな、く、てー! 夢の中でほんっとに襲われたんだって! 絹ごし豆腐に!」 「大体なんで絹ごし豆腐だって断言できんのさ。もし発泡スチロールと間違えたとかだったらアンタ、大豆の神様に呪われるよ」 「お母さんは自分の娘が発泡スチロールと絹ごし豆腐の違いもわからないような女だと思ってるのっ?」  あの色。あの表面の質感。私が夢で追いかけられていたのは、紛れもなく絹ごし豆腐だ。  高野豆腐や木綿豆腐は、あんな美術品の様なビジュアルをしていないから間違いない。 「別にそこまでは思ってないけど……まあ、年の瀬だし? 何かの暗示と思って気をつけなさい」  母の視線に温もりがまるで感じられない。とはいえ、母の言う通り、気を付けているに越したことはないだろう。 「あ、そうだお母さん。今日大晦日だし、この前買ったアイス開けてもいいでしょ?」 「大晦日は関係ないでしょ……もう時間も遅いんだし、食べすぎないようにね」  後半のお小言はスルーして、冷凍庫の扉を勢いよく開け放つ。アイスの箱に手を掛けた時、頭上でガタッ、と何かが動く音がした。  一秒も間を開けず、頭部に硬い衝撃。床に倒れ込む体を支えたいけれど、腕に力が入らない。かろうじて動く瞼を待ちあげると、視界の中に四角い物が目に入った。  この色、この質感、これは……絹ごし豆腐だ。  考えている間に、目の前の景色が変化していく。白と黒で彩られた部屋、黒い服を着た人々、そして聞こえてくるお経。もしかして、お葬式?  でも、誰の?  どんどん変化していく現実とは思えない光景に、頭が追いつくことを拒否している。そもそも私は、一体どんなポジションで今この状況を見ているのだろう?  何だか全体を俯瞰して見ている感じがする。視覚の情報は遮断することにしよう。  混乱から抜け出せない私の耳に、今度はひそひそ話が聞こえてきた。 「ここの娘さん、冷凍した絹ごし豆腐で頭打って亡くなったらしいですよ」 「そうなの? 『豆腐の角に頭ぶつけて死ぬ』なんて現実であるのねー。絶対嫌だわそんな間抜けな死に方」  間抜け……間抜けだと……?  このご婦人、絹ごし豆腐の秘めたる殺傷能力をご存知ないらしい。私も体験するまで知らなかったけど。だったら…… 「同じ目にあわせてやろうかーっ! ……あ、れ? 生きてる?」  思い切り叫んで、閉じていた視界を再び開く。開いた先には……いつもの私の部屋が広がっていた。  ちゃんと体温は生きている人間のそれで、脈も正常に打っている。どうやら、全て夢だったらしい。  ほっと息をついて枕元に目を向け、再び絶叫。靴下に突っ込まれた絹ごし豆腐のパックがある。 「きっ、ききき絹ごし豆腐! なんで! あるの!」 「朝からうるさいんだけど。あんた自分でクリスマスプレゼントに欲しがったんでしょ絹ごし豆腐」 「クリスマス……? 今日大晦日じゃなかったっけ?」 「寝ぼけ過ぎでしょ。今日は二五日。メリークリスマス」  いくら何でも、クリスマスプレゼントに絹ごし豆腐を欲しがった記憶は思い当たらない。果たして、今もまだ私は夢の中にいるのだろうか。
2026/10/06 ・ 👁️ 46回 ・ 💬 0件

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