歴史・時代
走るなメロス
3,566文字
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メロスは激怒した。必ず、あの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
……のだが、その決意はシラクスに到着してわずか三秒で挫折していた。
「おいメロス! 動くな! 一歩でも動いたらこの街が消し飛ぶ!」
シラクスの城門前。王の軍隊ではなく、災害対策本部のヘルメットをかぶった役人たちが、拡声器を両手に持って必死に叫んでいる。
メロスの両足には、一個の重量が三トンはある特製の超高密度タングステン製の枷がガチガチに嵌められていた。
一歩歩くたびに「ズゥン……!」「ズゥン……!」と地鳴りが響き、アスファルトの地面がクレーターのように凹む。
メロスは、夕日が沈む十倍の速さで走ることができる男だった。
これを現代の物理学で計算すると、おおよそマッハ11(時速約一万三千五百キロ)に達する。
彼が本気で地を蹴れば、周囲の空気は急激に圧縮されて断熱圧縮を起こし、マイナスからプラス数千度の熱風へと変わる。
さらに発生する強烈な衝撃波は、周囲の建物の窓ガラスを粉々に砕き、一般市民を遥か彼方まで吹き飛ばす。
つまり、メロスは歩く「戦略兵器」であった。
「メロスよ、頼むから大人しく捕まってくれ! お前がその辺をジョギングするだけで、シラクス共和国の国家予算が吹き飛ぶんだ!」
「待て! 私は王の残虐非道が許せなくて城に抗議に行きたいだけだ! 通してくれ!」
「通せるか! お前が『ちょっと急ぎ足』になっただけで、城下町が焦土と化すわ!」
結局、メロスは一歩も走ることなく、自重……というか足の枷の重さで動けなくなっているところを、超大型クレーン車で吊り上げられて御用となった。
城の地下深く。核シェルター並みの強度を誇る特殊拘留室で、暴君ディオニス王は防爆ガラスの向こうからメロスを見下ろしていた。
「ふははは、メロスよ。お前の噂はかねがね聞いている。沈む夕日の十倍の速さで走る怪物め。お前のような危険人物を生かしてはおけん。即座に処刑してやる」
「待て、ディオニス王! 私は死を恐れぬ! だが、私には一つだけ心残りがある! 私のたった一人の妹の結婚式が、三日後に控えているのだ!
お願いだ、三日間だけ執行を猶予してくれ! 妹に式を挙げさせてやりたいのだ!」
王は冷酷に笑った。
「身勝手な言い分だな。お前がそのまま逃げ出したらどうする?」
「逃げぬ! 証拠として、私の無二の友であるセリヌンティウスをここに残していく! もし私が三日後の日暮れまでに戻ってこなかったら、あの友を絞め殺すがいい!」
その時、拘留室の隅で「おいちょっと待て」と声が上がった。
そこにいたのは、たまたまシラクスの城に石細工の納品に来ていて巻き込まれた、メロスの親友セリヌンティウス(32歳・一般人)だった。
「メロス、お前何勝手に俺を人質にしてるんだよ!
そもそもお前、ここから実家までどれくらい距離あると思ってんだ!」
「大丈夫だセリヌンティウス! 私の足なら、実家までほんのまばたき程度だ!」
「速度の問題じゃない! お前がここで本気を出したら、その瞬間に衝撃波で俺の肉体が消滅するんだよ!
王様、頼むからこいつを走らせないでくれ! 処刑するなら今すぐここで、静かにギロチンとかでやってくれ!」
しかし、暴君ディオニスは、ひねくれた性格をしていた。
「面白い。その心の美しさとやらを試してやろう。メロスよ、三日間の猶予を与える。だが、一歩でも走ってみろ。その瞬間に、シラクス全土に非常事態宣言を発令し、お前を『人類の敵』として認定するからな」
「約束は守る! 走るなと言われれば、私は絶対に走らん!」
こうして、メロスの奇妙な旅が始まった。
初日。メロスはひたすら歩いた。
両足に三トンずつの枷をはめているため、最高時速は二キロが限界だった。ちょっとでも足の回転を上げようとすると、ズボンの裾が空気抵抗の摩擦で発火する。
二日目。メロスはなんとか実家にたどり着いた。
妹は大喜びし、その夜、盛大な結婚式が執り行われた。メロスは新郎に向かって「妹を幸せにせねば、マッハ11で突撃するからな」と握手を求め、新郎を恐怖のどん底に突き落とした。
そして三日目の朝。
「さあ、シラクスへ戻らねばならぬ。セリヌンティウスが待っている」
メロスは再び歩き始めた。しかし、予定は大幅に遅れていた。何せ歩行速度が遅すぎる。正午を過ぎた頃、メロスの前に、連日の豪雨で氾濫した大川が立ちはだかった。
橋は木っ端微塵に流されている。
「なんということだ……。これでは川を渡れん。いや、泳いで渡るか? いや、私の筋肉量と足の枷の重さでは、水に入った瞬間に一瞬で海底まで沈没する!」
メロスは天を仰いだ。
「神よ、私に走れと言うのですか! しかし、ここで私が一歩でも地を蹴れば、マッハ11の衝撃波でこの川の水はすべて干上がり、下流の村が津波で壊滅します!」
刻一刻と、夕日は沈みかけていく。
シラクスの刑場では、セリヌンティウスがすでに十字架に張り付けられていた。
「おい、メロスが来ないぞ! 早く吊るせ!」
と、観衆が騒ぎ立てる。
セリヌンティウスは青ざめた顔で祈っていた。
(メロス、頼むから来るな……! 来るということは、お前が走ったということだ。お前がここへ到着した瞬間、その制動距離の摩擦熱でシラクス市街地は半径五キロが消し炭になるんだ……! 来るな、頼むからそのまま実家で新生活を始めてくれ……!)
その頃、メロスは極限の選択を迫られていた。
「走るべきか、走らざるべきか……。いや、友の命には代えられぬ!
……セリヌンティウス、許せ! 私は走る!」
メロスは、両足の枷を固定していたボルトを、力任せに引きちぎった。
解き放たれる、マッハ11の肉体。
「うおおおおおーーーっ!!」
メロスが最初の一歩を踏み出した瞬間。
──ドゴォォォン!!
大気を切り裂く爆音が響き渡り、メロスがいた場所の地面が直径五十メートルの大穴となって爆発した。
周辺の木々は一瞬で衝撃波によりなぎ倒され、川の水はソニックブームによって左右に大きく割れたモーセの十戒のようであった。
メロスは走った。沈みゆく夕日の十倍の速さで。
彼の視界では、景色が完全に静止していた。ただ、自分の身体の周りで、空気が摩擦によって真っ赤に燃え盛っている。
「熱い! 衣服が蒸発していく! だが私は止まらん!」
シラクスの町。
「あ、あれを見ろ! 西の空から、何か恐ろしい流星が降ってくるぞ!」
群衆が指差した先には、文字通り「火の玉」となったメロスが、凄まじい大音響を引き連れて突進してくる姿があった。
「ひえええ! 窓ガラスが全部割れた!」
「看板が飛んでいくー!」
シラクスの町は大パニックである。台風と大地震が同時に来たかのような大災害が、メロスの接近とともに街を襲う。
「セリヌンティウスーーー!!」
マッハ11で叫んだメロスの声は、もはや音声ではなく、ただの「指向性音響兵器」だった。刑場のすべての障子や器が粉々に砕け散る。
「来るなァァァーーー!!」
セリヌンティウスが絶叫したその刹那。
ズサァァァァァァァッ!!
メロスは刑場の真ん中で、全力のブレーキングをかけた。
地面との摩擦で凄まじい火花と黒煙が上がり、刑場全体の温度が急激に四十度ほど上昇した。
熱風が吹き荒れ、群衆は全員、ドミノ倒しのように後ろへ吹き飛ばされた。
煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、摩擦で衣服がすべて燃え尽き、完全に全裸の状態で、肌が摩擦熱でこんがりと小麦色に焼けたメロスが、堂々と立っていた。
「ハァ、ハァ……。セリヌンティウス、待たせたな。約束通り、私は戻ったぞ」
十字架に磔られたセリヌンティウスは、衝撃波で鼓膜がキーンと鳴る中、全裸の親友をじっと見つめた。そして、静かに言った。
「メロス……お前、とりあえず服を着ろ。あと、お前が今ここで急ブレーキをかけたせいで、俺の職場の石材工房が風圧で全壊した。弁償しろ」
「それよりもセリヌンティウス! 私を殴れ!
私は道中、一度だけ走るのを躊躇した! 頼むから私を殴ってくれ!」
「嫌だよ! マッハ11の肉体を持ったお前を一般人の俺が殴ったら、反作用で俺の右腕の骨が粉々になるわ!」
防爆シェルターから恐る恐る出てきたディオニス王は、全裸で黒焦げのメロスと、必死に物理法則の正論を唱えるセリヌンティウスの姿を見て、深く感動……というより、完全に恐怖に震えていた。
「わ、分かった! お前たちの勝ちだ!
命だけは助けてやるから、頼むから二人とも、今すぐこの国から『徒歩』で出て行ってくれ! 二度と走るな!」
こうして、メロスは友を救った。
しかし、彼がシラクスに残した経済損失はあまりにも大きく、その後、彼は「走るなメロス」として、世界中のハザードマップにその名を刻むことになったのである。
勇者は、ひたすらゆっくりと歩いた。その全裸の背中に、沈みゆく夕日が優しく、そして少しだけ呆れたように、赤々と照りつけていた。
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ありがとうございます☺
走れメロスのガチ勢に見つからないようにこっそりと投稿しました。笑
ずっと笑っております!