SF・ファンタジー
死後の世界
1,212文字
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「宗教史」の講義資料をホログラムに浮かべながら、教壇に立つ教官は短く咳払いをした。
「……さて。古代の精霊信仰から始まり、中世の三大宗教、そして新興宗教への推移を見てきましたが、ここからが本題です。西暦2000年前後に成立し、現在我々の社会の基盤となっている『異世界転生信仰』の爆発的普及について解説します」
退屈そうにホログラムを眺めていた生徒たちが、一斉に体を起こした。
「かつての宗教は、死後の救済について、抽象的な表現にとどまっていました。しかし、かつて日本と呼ばれていた国を中心に編纂された『なろう文書』という聖典群は違いました」
「死後のシステムを『ステータス』や『スキル』といった圧倒的な具体性をもって提示したのです」
教官が手元の端末を操作すると、当時の人々が粗末な端末で、聖典をありがたそうに読んでいるイメージが映し出された。
「この宗教が社会を席巻した最大の要因は、現世の苦難と努力の概念を劇的に変えた点にあります」
「現世での苦労や蓄積した知識が、次の世界での初期ステータスや限定能力に直結するという教義が確立されました。これにより、過酷な労働や理不尽な不幸さえも『来世のための事前投資』として処理されるようになったわけです」
前列の生徒が手を挙げた。
「先生、聖典に出てくる無双者たちって、デバイスに頼らない『原理的な知識』を活かすことが多いですよね?」
「その通りです」教官は頷いた。
「現代の高度なデジタルデバイスが使えない世界へ行くわけですから、製鉄、醸造、衛生管理、あるいは初歩的な物理法則を手作業でも再現できる知識こそが、最も価値が高いとされました」
「この時代の学習意欲の爆発は、現代の産業発展の基礎になったとも言われています」
チャイムの音が教室に響き渡った。教官は講義資料を閉じると、軽く手を振った。
「では今日はここまで。現世というチュートリアル期間を無駄にせず、各自しっかり知識のビルドに励むように」
号令が終わると同時に、教室のあちこちで賑やかな話し声が弾けた。
「なあ、お前はどの聖典をメインにしてる? 俺は最近『追放された元・伝説の鍛冶職人』を読んで、金属加工の勉強を始めることにしたよ」
「私は昔から『断罪フラグ回避・悪役令嬢』系一筋ね。人間関係のトラップを回避する訓練は、現世の生活でも普通に役立つし」
「へえ、そういうのもあるのか。今度貸してくれよ。サブスキル用にちょっと勉強してみてもいいかも」
生徒たちが笑顔でノートをまとめ、教室を去っていく。
誰もいなくなった教壇で、教官は小さく吐息をつくと、個人の情報端末を開き、自身の信仰する聖典を呼び出した。
画面には『異世界スローライフを目指して畑を耕していたら、なぜか皇帝や魔王が野菜を買いに押し寄せてくるのだが?』と書かれた、古いテキストデータが映し出されている。
「……ふむ、やはり古典は重みが違うな」
教官はその厳かで格式高いタイトルを眺め、嬉しそうに呟いた。
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