恋愛

じゃんけん必敗法

2,200文字 約5分で読了
作者:鴉未
僕がとにかく「じゃんけんが弱い」ということに気付いたのは、5歳の時だった。 ある梅雨の週。ほしぞら幼稚園きりん組の教室の中。はるちゃんと、今日はどちらが『どうぞのいす』の絵本を読むかを決めるためにしたじゃんけん。それで8連敗をしたことがきっかけで、もしかして自分はとんでもなくじゃんけんが弱いのではないかと自覚した。 もちろん、必ずしもじゃんけんに負ける”必敗”というわけではない。普通の人のじゃんけんの勝率が50%だとしたら、僕の勝率は20%くらい、といったところだ。 だから、小学校3年生の時に、クラスメイトの山崎に、「田中、お前めっちゃじゃんけん弱いってマジ?」と聞かれてじゃんけんをしたときに、普通に勝ってしまい、「なんだよ~~!!弱くないじゃん!」と嘘つき扱いされたこともあった。(理不尽だ!!!) それなのに、僕の人生は、ここぞというときにじゃんけんをさせられることが多かった。中学2年生のとき、男子と女子のどちらがプールの掃除をするかで、男女それぞれの代表がじゃんけんをして決めることになったときがあった。僕は、「今日この日のために!田中はジャンケンに負け続けたんだよ!!」という山崎の謎理論によって男子代表に選出され、女子代表にあっという間に負けた。(5本勝負で全敗した) 女子たちから「やったー!!コハ最高!」と女子代表が褒められている横で「なんのためにこれまで負け続けたんだよ!」とあまりにもトンチンカンなディスられかたをしたのは今でも覚えている。 唯一、じゃんけんの弱さが功を奏したのは、高校生のとき、ずっと好きだった渡辺さんに告白をしたときだった。渡辺さんは、僕のくだらない話にも笑ってくれて、そんなときに見せる、いたずらっ子みたいな笑顔がとても好きだった。 文化祭の終わりに、一生分の勇気を出して「僕と付き合ってください。」と告白したら、「じゃあ、私に10回中1回でもじゃんけんで勝てたらいいよ?」と返された。 脈ナシ過ぎて遠回しに振られたのかと思ったが、その顔にいたずらっ子みたいな笑顔が浮かんでいるのを見て(かわいい)、行けると思い、絶対に勝つと心に決めた。そして負けた。 見るからに沈んだ僕を見た渡辺さんは、いたずらっ子みたいな笑顔から、申し訳なさそうな笑顔に変わって、「やっぱ田中くんってわかりやすいな。すごくへこんじゃって……。ごめんね、ちょっといじわるしちゃった。付き合おうよ」と言ってくれた。後から聞いたら、7連敗、8連敗と負けを重ねるごとに絶望していった僕が、なんだかかわいく見えてOKしたとのことだった。 そして、付き合って7年記念日の今日。 僕は、渡辺さんにプロポーズをする、最後の勇気が出せないでいた。 準備もしっかりとしたはずだった。しっかり指のサイズや好みもリサーチして、指輪も用意した。ここまでのデートのルートや、感触も上々だった。 もしかしたら自分は、じゃんけんだけでなく、勝負事やここぞという場面全部に弱いのではないか。決心を前にすると、そんなネガティブな感情が浮かんできてしまうのだった。僕は渡す予定の指輪を右手に握りしめ、嫌な気持ちを払おうとする。 すると、渡辺さんが沈黙を破って僕に言った。 「あのさ。今日私に、何か渡そうとしてたものあったんじゃないの?」 「うぐ」僕は動揺する。 「しょうがないなあ」渡辺さんはそういうと、一歩先に進み、僕の方を振り返ってこう言った。 「じゃあ、私と今からじゃんけんして?もし田中くんが勝ったら、観念して、勇気出してよ。」 「な、なんでそれをじゃんけんで…」 「いいから。ここぞというときのために、今まで負け続けてきたんでしょ?」 渡辺さんは、なんで今じゃんけんを選んだんだと、僕の頭は真っ白になった。でも、最後の”ここぞというときのために、今まで負けてきたんでしょ?”の言い方には、有無を言わせない力強さを感じた。 そうだ。今日みたいな日のために、僕は負け続けてきたんだ。それに、もう何を出すかを考える必要もない。僕が出せる手は、一つしかない。 「じゃん、けん、ぽん」 僕は、指輪を握りしめた右手で、そのままグーを出した。 そして、渡辺さんは、チョキを出していた。 「あ……。勝った……」 全身に入っていた力が、ふっと抜ける。ここぞという勝負に、僕は勝ったのだ。 すると、目の前の渡辺さんが、ふふっとふき出して、いたずらっ子の笑顔を浮かべた。 「あははは。やっぱ田中くんわかりやすすぎ!!」 「え、そ、そう?いや、だって僕、じゃんけん超弱いのに。このタイミングで勝てたから……」 「違うよ!ごめんね。田中くんが特別弱いんじゃないんだよ。私が、田中くんのクセを読めるってだけなんだ。だって、”15年以上も一緒にいる”から。ほら、田中くん、別に私以外の相手には、たまには勝ててたでしょ?」 あ、と思った。思い返せば、そうだった。幼稚園で『どうぞのいす』を取り合った時も、中学校でプールのじゃんけんをしたときも、高校で告白をして10連敗したときも、全て、相手は、今目の前にいる【渡辺小春】さんだった。 これまでの自分の敗北の原因に思いをはせていると、渡辺さんが「ほら」と先を促す。 「はい。じゃあ、約束。君が勝ったから。」 そういうと、渡辺さんは、チョキだった手をパーにして、手の甲を上にして、薬指を強調するように僕に差し出した。 負けないように僕も、グーにしていた手を開いた。
2026/10/12 ・ 👁️ 56回 ・ 💬 0件

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