コメディ・日常

比喩なき戦い

1,619文字 約4分で読了
ある日思った。 『比喩』なんてなくなればいい。 だって分かりにくいから。 だから私の視界から消してやろう。 手始めに書斎から本を取り出し、山積みにして上にレモンを置こうと思う。 しかし困ったな。冷蔵庫にレモンはない。 ポッカレモンがあったのでこれを代用してみよう。 ほうら、もうすぐ爆発するぞ。きっと現代の技術で作られたポッカレモンだから、大きな爆発になる。 私は恐怖心を抑え、少し離れ、体を伏せて見守る。 しばらく後に物音に気付いた夫が「冷蔵庫に入れておかないと、使えなくなっちゃうよ。」とひょいと、爆弾を持ち上げ帰っていった。 爆発が見れなくて、残念だ。 次の敵は「自分を俯瞰してみる」だ。 緊張したときに、よく言われた気がする。 スマホのアルバムを漁り、自分の全身が映った写真をパソコンへ送る。 私は157cmだから、A4のコピー用紙、おおよそ六枚くらいで全身の印刷ができる。 画像編集ソフトで自分を分割する。 コテコテのマジックショーみたいに、自分の体を切り取っていく。 壁に六等分された自分をセロハンテープで貼り、脚立に登る。 危ないので夫が見守っている。 勝った。誇った顔で私は脚立を降りた。 次の相手は「神の見えざる手」だ。 きっと可視光線外の光なんだろう。 紫外線は無理なので、赤外線であることを祈り、ECサイトでスコープを探す。 困った。 安いものでも9千円近くするじゃないか。私のお小遣いじゃ足りない。 一応、夫の顔を見るが、首を横に振られた。 不戦敗というやつだ。 私がお金持ちでなくて良かったな、『手』よ。 仕方なく次の相手を考える。 「失敗は成功の母」かな? 先ほどの敗退は、どうやらお子さんを生むらしい。 しまった。私には助産婦の知識がない。 急いでスマホで調べた。 うん、もういつでも大丈夫だ。 近くにいた夫は「人様には使わないでね、その知識」と助言してくれた。 確かに尊い命に、5分で得た知識では携わることは許されない。 晴れて私は『比喩』専門の助産婦になった。 次に「手を焼く」。 冷凍庫から小さ目の保冷剤を持ってきて、いつもありがとうの気持ちを込めて夫の手の甲に当ててあげる。 しかし「焼いてないよ。別に。」と言われてしまったので、冷凍庫に戻すことにした。 よし、次の相手は誰にしよう? そうだ、自分の好きな歌の歌詞にしよう。 幸い、ガラス玉は無いがビー玉なら何個かある。 一つ落とす。少し跳ねて転がった。 転がるビー玉を追いかけて狙いをすます。 緊張の一瞬、もう一つ落としたビー玉が見事、先に落としたビー玉に当たる。 とても満足した。 最後の相手は決めている。 「月が綺麗ですね。」からの「私死んでもいいわ。」だ。 ただ夫には言いたくない。死んだら困るし、何より嫌だ。 そこで私は妙案を思い付く。自分のゲーム機『スイッチ』を取り出し起動する。 先月買ったポケモンのゲーム。その中で気に入っている『メタグロス』というモンスターに『だいばくはつ』という文字通りの自爆技を覚えさせた。 ゲームでバトルを始まる。 私は語りかける。 「月が綺麗ですね。」 即座にボタンを押す。 「メタグロスのだいばくはつ!」 哀れ、メタグロス。 でも私の告白を受け入れてくれて、ありがとう。 今日の行動を逡巡し、自分が自分の影響の輪の中にいることを確認する。 ……あ、輪という比喩を使ってしまった。 なかなか自分をコントロールするのは難しい。 そんなことを考えていたら「晩ごはん、もうできるよ。」と夫の声が聞こえた。 散らばった本、コピー用紙、脚立、ビー玉、ゲーム機を片付け食卓に向かう。 ホカホカと湯気をだしながら、おいしそうな匂いを放つパスタが二つ並べられていた。 「いただきます。」 早速食べてみると、先ほどのポッカレモンだろうか? 少しの酸味が良い塩梅でおいしい。 今日は有意義な一日だった。 食べ足りないので、こっそり夫の皿にフォークをやると見切られて、皿を持ち上げられた。 「あげません〜。」 私の不満気な顔、微笑む夫。 明日も私の有意義な戦いは、多分続く。
2026/10/04 ・ 👁️ 32回 ・ 💬 0件

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