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徒桜
1,307文字
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「ずいぶん美味しくなったもんだな」
コンビニで淹れたコーヒーカップを両手に包み、鼻腔に溜めた香りを味わう。
今年も桜が咲いた。
ちらちらと舞う並木道。
汗の滲む首筋に、ひんやりと風が心地良い。
去年もこのベンチでこうやっていたなと景色に記憶を重ねる。
もう熱くなる掌を、それでも離す気にはなれない。
コーヒーが沁みる。
どこかで卒業式があったのだろう。
身を整えた三人の親子がこの数分で何組過ぎて行ったか。
僕にもこんな未来があったのかもしれない。
考え飽きたこの思考はもうなぞる価値もない。
そんなことするくらいなら心の中でもそっと、彼らを讃えた方が幾分か有意義だ。
春だろうが冬だろうが、僕の毎日は変わらない。
きっと来年もここでこうやって流れる桜たちを眺めているに違いない。
その時はコーヒーはいくらになっているんだろうな。
積み重ねることと失うことは同じ意味だと知って随分と経った。
かつては情熱もあったさ。
もっとよく笑ってた気もする。
桜の開花にも気付かず打ち込んでいた日々。
ああ。コーヒーが染みる。
どうか君たちの将来というものが、素晴らしいものでありますように。
こんな信仰にも似た拙い願いが僕の辟易とした日々を支えている。
なんてXにも呟けないちっぽけなプライドが、たぶんそれだけが、僕に桜の中にいることを赦している。
━━「今は仕事が第一」
彼女がその言葉を使ったのは何年前だっけか。
そんなに経っていない気もするし、随分と昔のようにも思える。
この待ち合わせも、将来に何の意味があるのだろう。
僕らの日々は、一体何を埋めているのだろう。
いや、分かっている。
先送りにしているのも、曖昧にしているのも、他ならぬ僕だ。
悪戯に気持ちを確認するほど若くもない。
かと言って、別れを切り出す理由もない。
次に口にしたコーヒーは、ヌルいなんてものじゃなかった。
「お疲れ」
顔にかかる髪を耳にかけるその仕草に、ときめいてた時期もあったっけ。
触れているわけでもなく離れているでもない僕らに、このベンチのサイズは奇妙なほどちょうどいい。
ゴツゴツと凹凸をぶつけ合って、削り合って、擦り合って、僕らの角は取れていく。
あるいは奇跡的に噛み合い、ふたつがひとつに成ることもあるのだろう。
でもそうでない路を辿ったならば、いつしか丸く球く収束していく。
社会の内側で生きるとはそういうことだ。
生きるとはそういうことだった。
完全な球体の接地面積は0だという。
だから僕と彼女のこの距離も必然が生んだことに疑いはない。
「どうしたの?」
「こんなに寂しいのに、どうして僕らはひとりぼっちなんだろうね」
いつ仕舞ったかも分からない言葉が、急に出て来て知らん顔をする。
笑顔でナイフを突き立てるような、こんな台詞を、どうにか無かったことに出来ないだろうか。
すっかり冷えたコーヒー。
もう口にする気にはなれない。
掌に汗が滲んでいく。
「私は、ふたちぼっちがいいな」
僕の明日も、君の明日も、きっと約束された通りやってくる。
積み重ねることと失うことは同じ意味だと知っている。
それなのに舞い上がるこの僕を、稚拙だと、頓珍漢だと罵ってくれても、今は全く構わない。
世界は外側からしか壊せない。
それを今日、知ったのだから。
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