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ねえ、海に行こうよ
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「ねえ、海に行こうよ」
彼女がふいにそんな事を言い出した。モノで溢れたおもちゃ箱みたいな六畳間、俺がインターネットで仕事の宣伝をしている横。からかうような可愛い視線が疲れ切った俺の顔を覗き込んでいる。
「海、いいでしょ? 最近、ずっと仕事が~って言って、ネットに張り付いてるじゃん」
「何で海なの? 山とかは?」
「山は嫌い。死にたくなるから」
そんなの海でも同じだろ。まあ、鬱蒼とした森の中を彼女と歩くというのは……想像すると何だか寒気がする。そのまま見知らぬ場所で山に食い殺される気がした。
「海はさ、平坦でしょ。遠くまで世界が見えて、海と空が曖昧で、波の音が優しい。だから、海が良いの。ねえ、ずっとうるさい場所にいて疲れてるの知ってるよ。だから、海に行こうよ」
彼女が微笑む。月の明かりみたいな柔らかい光を放つ、魔性の笑み。 確かに、ここ数日ずっとインターネットにいた。仕事の連絡と宣伝をしながら、インターネットの声に脳を揺さぶられていた。ネットは良くも悪くも、うるさい。人の声が、電子となって牙を向く場所。
「海、行くか」
釣られて言ってみた。すると彼女はとびきり嬉しそうに目を細め、そそくさと分厚い上着を着始めた。え、今から行くの?
「思い立ったが吉日、じゃない?」
細い手が差し伸べられる。この手を取れば、俺はうるさい雑踏の中から抜け出せると、不思議と思えた。迷いなく、手を取る。
「楽しみだね」
甘いその声と共に、俺は電子の海から裸足で逃げ出した。
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