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これからもよろしくなわけがない
3,035文字
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「これからもよろしくな」
そう言って微笑んだのは、同じクラスの時田(ときた)くんだった。彼の申し出は大変ありがたいが、同時に私たちの関係性はそこ止まりということになる。
たった今しがた振られたわけだが、まだ同じクラスである事実は消えない。残り八ヶ月の学校生活をともに過ごさなければならない。まあ、わかってて告ったんだけど。
高校三年生の夏休み前。好きで好きであわよくばという欲が出てしまった。本当は高校卒業前に告白しようと思っていたが、万が一、付き合えることができたら?という妄想が止まらなくなったのだ。
そこで夏休み前。もし付き合えたなら、夏休みに一緒に遊ぶことも勉強することもできる。一石二鳥。最高なサマーバケーション。そして見事に玉砕。
夏休みのお陰で気まずさは軽減した。それも計算済み。体育祭と文化祭の準備も始まろうとしていたが、もうだいぶ精神は落ち着きを取り戻していた。
廊下で二人きりですれ違うときなどはさすがにまだそわそわしてしまうが、時田くんの方から
「おはよー」
などと声をかけてきてくれる。よかった。これからもよろしくな、は嘘ではなかった。嘘ではないが、私たち二人の未来は存在しない。これからもよろしくな、は実のところ、これからもよろしくするわけではないのだ。円満な体のいい振られ方である。
二学期が始まり、時田くんとは席が離れた。今までも近いというわけではなかったが、話せない距離ではなかった。しかし、今回の席替えで確実に関係性は失われた。
寂しい反面、ほっとしたのも事実だった。まだ好きだが、未来のない彼との会話は虚しくなるだけ。再度告白するつもりもない。何度も告白する友人もいたが、一度断られたということは、妥協でも付き合えない、と思われたのだと私は判断する。そこは個人の捉え方の自由だと思う。
大学生になったり、大人になったりしてから……そういう時間差の告白ならありえるかもしれないが、今は到底考えられない。
とはいっても大人になったら時田くんと会うこともないんだろうな。同じクラス、という以外接点のない関係だった。連絡先もSNSも知らない。クラスのグループチャットだけ。個人アカウントなんてものを知らなくても、人は人を好きになる。好きになったらその人を知りたくなる。
時田くんの口が固いせいか、私の告白がクラスに広まることはなかった。私も仲のいい一部の友達にしか告白の事実は伝えていない。平穏なものだ。私の心の中はまだまだ凪というわけにもいかないけれど。
「時田ってかっこいいよなぁ、優しいし」
私が彼に振られている事実などつゆ知らず、隣の席の三門(みかど)くんが話しかけてくる。
「……うん、かっこいいよね」
「女子はああいう男子好きでしょ?」
「うん、そうだと思う」
こちとら、好きどころか告白して振られていますからね。
「男子から見たらどうなの?」
「いや、かっこいい。優しい。かっこいい」
「かっこいい、二回言ったね」
思わず笑うが、心からの笑みではない。終始どこかで身構えてしまう。時田くんの話題はまだ心なしかそわそわする。心がざわつく。
時田くんはサッカー部で、やんちゃな感じもありつつ、好青年だった。周りがよく見える。言葉じりがきついこともあったが、いつも言うことは正しかった。
「俺もあの優しさをわけてほしい」
三門くんは、時田くんよりさらにやんちゃでチャラい感じのバスケ部だった。モテることはモテるが、おそらくファン層は違う。私もちょっと距離を置いてしまう。
「おーい、時田ぁ」
急に呼ぶなよ。内心ドキドキしていた。
私のことなど目に入っていないのか、三門くんに呼ばれて迷いなく近づいてくる時田くん。ヤバいヤバいヤバい。三門くんに呼ばれたくらいで来なくていいのに。
「山本がさあ、時田くんかっこいいね、だって」
一気に顔が真っ赤になるのがわかった。うるさいよ、三門。マジ黙れ、三門。急に何を言い出すかと思えば三門のやつ、余計なことをしやがって。お前が言い出したんだろ。私はそんな話題一つも提供していない。同意しただけだ。
無表情を崩さないままそんなことを考え、心の目で三門くんを睨んだ。
「はぁ?何だよ、それ。よくわかんないけどありがとう」
時田くんはほんの少し、一瞬だけ私の方に視線を送るとすぐに三門くんに視線を戻した。横顔はちょっぴり照れくさそう。私ほどではないにしろ、時田くんにも気まずさはあるのだと安心した。
「お前さ~、せっかくチャンスをやったのに全然しゃべんないじゃん」
時田くんが去った後も話題は変わらなかった。勝手に呼んだくせに何でこんなに偉そうなんだ。善意でやってるんだぜ?と得意げな三門くんを見て、どうにも我慢できない気持ちになっていた。
「そりゃそうでしょ。いきなり呼ばれてもどうすりゃいいのよ」
「会話を楽しむ」
「楽しそうに見えましたかね?」
「全然」
「でしょ。余計なことしないでくれる?」
くくく、と三門くんは小さく笑った。
「えー、いいことしてると思ったのになぁ。もしかして他の人がよかった?」
私はキッと三門くんを睨んだ。今日何回目だろう。
「今は呼んでほしい人とかいないから、マジで何もしないで。一言も声を発さないで」
「いや、でも俺のキャラ的に頼みやすいっしょ?遠慮しなくていいからね。いつでも恋のキューピッドになるから」
彼は善意の塊のような顔で大きく笑った。善意というか楽しんでいる節がある。恋のキューピッドになれば女子が喜ぶと思っているのだろう。
確かに……確かに私が振られる前であれば、三門くんつながりでもう少し仲良くなってから告白できたかもしれない。もっと早く三門くんと知り合っていれば。
しかし、私はすでに振られていた。振られておいて、何度も時田くんを呼んでもらうとかどう考えても未練たらたらで気持ち悪いし、そう彼に思われていると考えるとどうにかなりそうだった。
私は覚悟を決めて、三門くんにゆっくりゆっくりと顔を近づけた。
「あのねぇ、驚かないで聞いてほしいんだけど」
「え、な、何?」
さすがの三門くんも何かを察したらしかった。今まで見た中で一番驚いた顔をしていた。むしろ恐怖に怯えている。これはいい、と思った私は、さらに低く響く重低音の声を出した。
「実は私……」
「え、何?」
三門くんが息を呑むのがわかった。
「もう……」
「もう?」
「振られてるの」
三門くんは狐につままれたような顔になった。
「ん?」
「だから、私は、もう振られてるの」
「誰に」
「時田くん」
「時田……?」
「そう、時田くん」
三門くんは両手で口を抑えて大袈裟に驚いた。驚くなっつっただろーが。
「なーるほどねぇ」
急にニタニタし始めた。
「だから余計なことしないでよね」
「時田ぁーー!」
言った側から声を張り上げるので、三門くんの腕を引っ張ってぽかぽか体を叩いた。
「呼ぶなって言ったでしょ!余計なことしないでって」
小声で注意するも三門くんは、今度はけらけらと大声で笑い出した。
「冗談だって」
冗談にしては本気すぎる。声がでかすぎる。だからこういうちゃらちゃらしたやつは嫌いなんだ。
「もう呼ばないから」
「絶対だよ」
「絶対呼ばないって」
「約束ね」
「約束な、だから……」
「だから、何?」
ずいぶん間をもたせてから、三門くんは意味ありげに微笑んだ。
「これからもよろしくな!」
にやける三門くんを見ながら、苦笑するしかなかった。先が思いやられる。何がよろしくだ。
私は大きなため息を一つつくと、ふにゃふにゃと笑う三門くんをもう一睨みした。
(了)
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