コメディ・日常
『◼️』
1,188文字
約3分で読了
「あ」と書くと次の語は限定される。それは「あ」の上から「い」を重ねて書いても同じことだった。
僕がこのような手法を思いついたのは、複雑なコーヒーの風味を文字で表して、さもなくばもう高いコーヒーは買わせない、と彼女が決然と主張してきたことに起因する。
そもそも味覚と嗅覚を同時多発的かつ重奏的かつ刹那的かつ無段階的にニュアンスをもたらす「味」という抽象的で主観的で官能的で絶対的なモノを文字で表現しろなどとは無理難題そのものなのだ。文字は縦から下に、あるいは左から右に、その逆であっても不可逆性で単一性の原則からは逃れられない。
故に僕は文字を重ねることにした。これは反逆では決してなくどこまでも誠意に満ちた対応である。
例えば「華々しく」から書き出すとしよう。「華」の上から「々」の上から「し」の上から「く」を書くことになる。「猛々しく」と続けば、更にその上から「猛」と「々」と「し」と「く」を書く。これにより「華々しく」と「猛々しく」は同時性を帯びることとなる。
そうして出来上がる◼️は完璧な文字であり言葉と言えた。
僕はその出来の美しさに震え上がり、過去飲んだいくつものコーヒーの「味」をそこに記し◼️をその数だけ並列した。
やがてそれでは飽き足らず物語を綴るようになった。十万字を重ねた◼️。不思議と指先で触れるとその物語は再生された。細かい些末な微々たる文字の違いはあるかもしれないが、その程度の記憶の齟齬は紙媒体にして同等である。つまり文字は動き蠢いて全体を成している。
物語の◼️もまた並列し増殖した。
半年をかけ一枚の紙の全面を◼️で埋め尽くした時、僕の脳は僥倖一色で満たされた。それは一生をかけ分散して得る幸福を束ね圧縮し一度で味わってしまったのではないかと思われた。
これでまたトップオブトップのコーヒーが買える。
この一枚の傑作集をニスで塗り固めラミネートしジップロックに密閉してから土に埋めようと思う。いつか才能を持った者がそれを掘り当てるだろう。その時ついにこれは、文字を解かれ節となり文となり物語となり書となる、と確信を抱く。
天井を仰ぎ、達成感に身を浸していると、太ももにじんわりとぬるい、熱い、灼熱を感じる。
「ごめん、コーヒーこぼした」
見れば分かる。
「なんかこの紙真っ黒やね。でもほらコーヒーも黒いし。これなんかの現代アート的なやつ?」
重ねられた文字達が解けて爛れて溶けて流れていく。
コーヒーに侵され続けるこの世で一枚の傑作集に指で触れると全てが無惨に無情に融解し霧散していくのが見てとれた。
あっでもほら滲んでもっと現代アートみたいよ、あっこれインスタントコーヒーやからもったいなくはないよ、あっそういえば最近コーヒー屋さん行ってないね今度一緒にいこ、あっそれより熱くない、お風呂入る? あっじゃあせっかくだから一緒に入ろっか。などと彼女が絶望する僕に捲し立てるので、僕は泣いた。
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