ミステリー・サスペンス
天才の発想
3,961文字
約8分で読了
高校時代、クラスメイトのサトウと話していたことがある。
「将来、世界中のやつらと友達になりたいよな。」
だから彼が分厚い本を開いているのを見たとき、僕は当然それが英語の参考書だと思った。
だが、そこに積まれていたのは『古今和歌集』や『志賀直哉全集』など、全てが日本文学だった。
「勉強をするんなら英語じゃないの? 日本語だらけじゃないか。」
「いや、お前もしておけよ。いずれ母国語のほうが大切になる時代が来る。」
学年トップの天才だった彼の言葉の意味を、僕は理解が出来なかった。
サトウはそれから独り、落語を聞き、国語辞典を読み、詩や俳句を書き続けるという奇行を深めていった。
頭が良いと云われるやつでも意味わからんことをするんだなと僕は感じながら、何を勉強するでもなく、毎日たくさんの遊びに没頭した。
――それから数年。
AIの搭載されたワイヤレスイヤホンによって、全ての言語がリアルタイムで翻訳できる時代になった。
バーで久しぶりに見かけたサトウの周りには、世界中の人々が群がっていた。
「あの時の空模様は、職人に振られたばかりの江戸っ子が描いた浮世絵みたいに、見事なまでににっちもさっちもいかない群青色だったのさ!」
サトウの粋な日本語は、AIによって心を揺さぶる英語に翻訳され、外国人たちを大爆笑させていた。
母国語の表現力が、そのまま翻訳後の魅力となっていたのだ。
「久しぶりだな。」
僕を見つけたサトウが隣に腰掛け、聞いてもいないのに、勝ち誇ったように語り始めた。
「5年前、俺は気付いたんだ。
これからはAI翻訳が完璧になるから、英語を覚えるコストは無駄だ。
人間が磨くべきは『通訳に渡す前の母国語による表現力』。
中途半端に英語や他言語を学ぶより、日本語を極める方が遥かにコスパが良かったんだよ。」
ドヤ顔で語る天才の完璧に聞こえる論理。
「俺が忠告したように、お前も勉強しておけば良かったのにな。」
サトウは僕を見下しながら笑みを浮かべた。
「いやぁ、さすがサトウくんだね。
はぁ…。」
僕は氷をカラリと鳴らしながら、呆れの混じった息を吐いた。
「でもさ、表現力を磨いても、結局『言葉』っていう不完全なツールに縛られていないかな。
思考を一度言語に変換して、それをAIに翻訳させて耳に届ける…それってまだ完成形じゃないと思うんだ。」
サトウの笑みから余裕が消える。
「来月、思考を脳波で直接やりとりできる『非言語ダイレクトデバイス』のβ版がでるんだって。
言葉にしづらい脳内のグラデーションが、伝えたいだけ、伝えたいまま、相手の脳にそのままの形で伝わる。
つまりさ…」
僕はグラスに目を落としながら、静かに笑みを返した。
「テクノロジーが発展したら、そもそも『言葉』を使う必要すらなくなると、僕はわかってたんだ。
だから僕は勉強なんて一切しなかったんだよね。
コスパで言えば…僕が一番良いんじゃないかな?
…あ、でもサトウくんの表現力はやっぱりすごいよね。
今の感情、すごく伝わってくるよ。 非言語ダイレクトデバイスなしでも、ね。」
――――――――
以下は解釈の手引きです。
多分にネタバレも含みますので、解釈や楽しみ方を縛られると感じる場合は、この手引きを読まないことを推奨します。
『天才の発想』は作者の意図として、読みやすく書いて「文章から受ける印象をそのまま受け取る」のと、人物に魂も吹き込んで「"僕"がどのような人物で、どのような人生を歩んできたか想像して読む」のでは、物語の印象がガラっと変わるよう、ダブルミーニングを込めて書きました。
なので、そのまま受け取って、「"僕"が皮肉を込めて、サトウを論破した」と解釈してくださることも間違いではありません。
(むしろ、書き手がどういう意図で書いたとしても、読み手の数だけ解釈が広がるほうが健全であると考えているので、どんな解釈でも正解だと思います)
ここまで読んで、「他にどんな意図があったんだ!?」「"僕"を想像することで、別の物語に見える…?」と気になってくださったら、とても嬉しいです。
この手引きを読んでいる途中で読み直してくださっても、最後まで読んでから改めて振り返っていただいても、書き手である私は幸せです。
さて、
"僕"とはどのような人物なのか
タイトルの"天才"とは、いったい誰を指しているのか
私は"僕"も一人の天才として描きました。
サトウは努力もでき、誰が見てもわかる天才。
対して"僕"は、発想がぶっとびすぎていて、周囲に理解されないタイプの天才…。
"僕"は幼少から、誰にも理解されず、何かを言えば「現実的じゃない」「もっと大人になれ」のように煙たがられる存在でした。
感情に配慮するよりも論理的な思考が得意で、物事の本質やこれからの予測に長けた人物。
「将来こうなるから、こうしたほうがいい」
サトウと同じように先を視ることはできますが、視えすぎてしまうが故に、無駄に思える努力ができない。
それを他人は達観と捉えるのか、はたまたうつけと捉えるのか…現実的なのは後者でした。
そのように周囲に理解されず、冷たくあしらわれてきた"僕"は、自分の才能に気付いていません。
「僕がなにかをやっても理解されない」「僕が間違っているのかもしれない」
そんな想いから、どんどん孤立し、塞ぎがちになっていきます。
"僕"が「サトウよりも、もっと先が視えてしまう」天才だったとしたら…
>学年トップの天才だった彼の言葉の意味を、僕は理解が出来なかった。
なぜ、理解ができなかったのか?
"僕"が孤立し、塞ぎこんでいったとしたら…
>「いやぁ、さすがサトウくんだね。 はぁ…。」
>僕は氷をカラリと鳴らしながら、呆れの混じった息を吐いた。
この呆れは、ため息は、誰に向けられたものだったのか?
"僕"が対人経験をつめていなかったのなら…
>…あ、でもサトウくんの表現力はやっぱりすごいよね。
>今の感情、すごく伝わってくるよ。 非言語ダイレクトデバイスなしでも、ね。
この発言の意図、この台詞の前の"間"はどういう意味だったのか?
そして、そもそも冒頭の「将来、世界中のやつらと友達になりたい」を達成したのはどちらなのか?
答えの1つとして、私の解釈は…
AIが進歩する。
そしたらテクノロジーは今まで以上の速度を持って発展する。
そうなると脳波による意思の疎通が可能になる。
そんな未来が来る確率が高いのであれば、何かを努力するよりもその時を待っていたほうが時間を有効に使えるので、"僕"は勉強をすること自体が理解できない。
呆れ、ため息は、サトウの考え(ひいてはサトウ自身)に向けられたものではない。
「サトウは地道に努力を続けてさらに魅力的になり、友達がたくさん出来る人気者でいる。
対して僕はわかっているのに友達がぜんぜん出来ない。 なんて無能なんだろう。」
そんな想いから、"僕"自身に向けられたものだった。
カラリとなった氷と、孤独な"僕"。 どことなく似ている。
感情の扱いや、対人経験を弱点とする彼は、唯一の友達と言えそうなサトウに対して、コミュニケーションとして、サトウが言っている"コスパ"をテーマに正論だけをぶつけてしまった。
対人能力が低くても理解できるくらいに、サトウは余裕をなくしてしまったので、"僕"は「まずい…いつも通り正論だけ言っちゃって、友達をなくすパターンだ」と認識し、相手が褒めて欲しいところを汲み取って最大限のフォローをした(つもり)。
結果として、サトウはもっとえぐられて、唯一の友達も失ってしまうのだけれど、不器用な"僕"は皮肉をいうつもりも傷つけるつもりもなかった。
そして、結果として"僕"が想定する未来が来たとしても、友達を作れるのはやはりサトウで。
"僕"の正論や、遊んで得た世界なんかのイメージを渡すよりも、サトウのように感性を広げたほうが、どう考えても万人に受ける。
そもそもコミュニケーション能力とはそういうものだ。もともと言葉だけの物ではない。
母国語の拡張による多角的表現の大切さ。
それが"僕"にもわかってしまった。
もう一人の天才"僕"の、不器用で悲しい物語。
物語は書き手の数だけではなく、登場人物や読み手の数だけ、なんなら乗算のようにたくさんの解釈が生まれるものだと思います。
これは私の解釈なので、皆様それぞれの解釈をもちつつ、そんな受け取りかたもあるんだって楽しんでもらえると幸いです。
「"僕"ってただのナマケモノで、皮肉に聞こえたのはただの負け惜しみ、遊びほうけたことの正当化なんじゃないの?」って感想をもらって、ハッとさせられました。
私にはない視点、受け取り方でした。(書いた私が言うのも変だけど)
これだから物語は面白い。
さて、つたない文章をここまで読んでくださり、ありがとうございました。
書き手として、このように講釈をたれるのは、もしかしたら反則なのかもしれない。
しかし、私は書き手と同時に、読み手でもありたい。
なので、ご容赦いただけると幸いです。
私のことは嫌いになっても、作品のことは嫌いにならないでくださいッ!
そして、非言語ダイレクトデバイス、はやく実用化されないかな?
本編よりもこの手引きのほうが、時間的にも文章量的にも圧倒的に長い。
それでもまだまだ脳内をぶちまけた感じとはほど遠い。
このイメージを、受け取りたい人にそのまま伝えられる未来が待ち遠しいです。
ニュー○リンクがこのまま続いたら、この未来が確実に来ると思っています。
ニューラ○ンク頑張って!("僕"を凌駕するほどの怠惰の権化)
最後に、サトウくん、ごめんね。
"僕"と対比させるために、めちゃくちゃイヤミなやつとして描写しすぎたかもしれない。
もし、サトウくんがぶちぎれて、殺人事件のサスペンスミステリーに発展しても驚かないよ。
その時に、サトウくんが刺すのは
"僕"なのかな…
私なのかな…
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ