コメディ・日常

明日は何色

794文字 約2分で読了
作者:TakaTuki
 朝七時ニ十一分の小波橋行きバスは、いつも右側の二人掛けが空いている。千夏は三年前から、そこに座る。  座ったらイヤホンをつけて、スマホを見る。橋を渡るころにはニュースを読み終え、会社まであと五分。毎朝だいたい同じだった。  その朝は、前を走る車がパンクして、バスが橋の手前で止まった。 「申し訳ありません、少々お待ちください」  バスの運転手が車内放送でそう言うと、スマホを出しかけて、やめた。電池が残り十五パーセントだった。仕方なく窓の外を見る。  小波橋の欄干に、鉢が並んでいた。赤いのと、白いの。小さな花。  こんなもの、あっただろうか。いや、あったのだ。三年、毎日渡っている。先週は紫だった気がする。その前は、黄色。「気がする」というだけで、ちゃんと見た覚えはない。  橋のたもとで、エプロンをした女の人がしゃがんでいた。ペットボトルの水を、鉢に一つずつ注いでいる。ゆっくり、順番に。終わると立ち上がって、腰を二度叩いた。  誰かが替えている。誰かが、水をやっている。  そういえば、雨の日も風の強い日も、あの鉢は同じ場所にあった。倒れているのを見たことがない。花が枯れていた記憶もなかった。  バスが動き出し、女の人はすぐに見えなくなった。  会社に着いて、パソコンが立ち上がるのを待つあいだ、給湯室の観葉植物のことを思い出した。いつも葉がつやつやしている。あれは誰が拭いているんだろう。聞いたことがなかった。  昼休み、給湯室で、総務の年配の女性が霧吹きを持っていた。 「それ、いつもやってくださってるんですか」 「あら、気づいた? 毎週月曜にね。誰も言わないから、好きでやってるだけ」 「……ありがとうございます」 「なによ、急に」  千夏にも、どうして急に言ったのか分からなかった。でも、言えてよかった、と思った。  帰りのバスで橋を渡るとき、窓に額を近づけた。夕方の白い花は、少し閉じかけていた。  明日は、何色が咲いているか見てみよう。
2026/10/10 ・ 👁️ 48回 ・ 💬 0件

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