ミステリー・サスペンス

大きなくりの木のしたで

1,743文字 約4分で読了
作者:珈琲時間
 ゴールデンウィークの里山公園の駐車場は、思ったよりもガラリと空いていて、桜はすっかり新緑に染まり、今年も順調に夏に向かっているらしかった。  結婚式の準備のため実家に帰省していた私は、自室の片付けの途中でピンク色のくたびれたミニ封筒を見つけた。小学生か、もしかしたら中学生の頃だったかもしれない。かつての親友と交わした約束。そんな物が押し入れの奥で、おそらくこの日を静かに待っていたのだ。 「大きなくりの木のしたで、ゆみこの30さいのたんじょう日に会おうね。」  由美子が書いたのか、私が書いたのか。ただ、由美子の誕生日は忘れもしない、なんたって子供の日。明日だ。  そして、私は約束の場所のはずの里山公園に行った。もしかすると、昔のように由美子はあそこでスケッチブックを広げているのだろうか。━━いや、まさかね、と。  記憶の映像よりずっと整えられた歩道に、時の経過を超えて懐かしさが込み上げてくる。胸がむず痒い。  由美子とは別の高校に進んだ。私よりずっと勉強のできた由美子は、いつしかSNSでだけの存在になっていた。  手紙を見つけた日の夜、久しぶりにアカウントを検索してみたけど、一切の投稿が消されていた。確か起業して社長さんになったんじゃなかったっけ……。現在の由美子の認識が曖昧。だから少し、期待も心配もしていた。  その栗の木は、私の記憶よりずっと逞しくなっていた。こんなに大きかったかな。普通、私が成長しているんだから小さく感じる物じゃないのか。枝に蕾が成っている。しがみつくサナギのように。 「あかね……?」  由美子だった。思い出に耽って何分その場で呆けていたのか、声をかけられるまで全く気配を感じなかったから驚いた。懐かしいはずの顔を前に、私の鼓動はみっともなく狼狽した。 「由美子……だよね? 信じらんない!」  私たちは笑った。再会を祝し抱擁を交わし声を上げた。由美子の温かさに、私はいつの間にか泣いていた。 「そっかぁ。茜も結婚かぁ」  由美子は満足そうに言ってくれた。嬉しくて恥ずかしくて。でもそれは、無神経の言い訳だった。 「由美子は?どうしてるの?」  だから、本当は聞かなければよかったんだ。会話の流れでこうなることは仕方がないことだったとは言え、SNSのことがあったのだから私はもっと慎重になるべきだった。 「私は、バツ付いちゃったなぁ。だから、縁起悪いよ〜?」  その言葉と笑顔の意味を、もっと汲んでやるべきだった。 「でも、社長さんでしょ?ほんと昔からすごいよ、由美子は」  この時吹いた強い風は、忠告だったのかもしれない。 ━━例えば、神様か何かからの。 「……うん。実はね。元旦那に、会社取られちゃったんだ。裁判もしたけど、ダメだった。だから取られたって言うのは、私の主観ね。一緒に立ち上げた友達に、浮気されて。離婚して。今はね、心の療養ってやつ。生活保護、受けてるんだ。お金も無くなっちゃった。ほんと、私、縁起悪いよ」  そんな話を、あまりに優しい表情で言うから、由美子の心は、もう今ここにはいない気がした。残酷なほど、静かで穏やかだった。 「たまにはさ、ご飯行こうよ!連絡していい?」  気まずさから逃げるような私の発言は、この上なく迂闊で浅ましくまさに愚行というべき行い。 「それはさ……、私が、鬱だから? 今、こんな、だから? 茜さ、全然連絡くれなかったじゃん? 私、何度も、連絡しようとしたんだよ。辛いこと、仕事仲間には言えないこといっぱいあってさ。その度、茜の顔が浮かんできて。でも、茜はいつも楽しそうな写真たくさん上げてたし、そうだよね、忙しいよねって。いつかの誕生日に、おめでとう、元気してる?ってDMしたの覚えてる?返事、なかったんだよ」  なんて答えるのが、正解だったんだろう。 「ごめん」  由美子は絞り出したような声でそう言ったけど、それはどう考えても私が言うべきだった。  そこから、何を話して、どう解散したのか、まるで覚えていない。  一年前の今日。私は、罪を犯した。 「茜は悪くない」  そう言う友だちも人もいっぱいいた。でも、犯罪でなくとも、違法でなくとも、これは罪だ。  だって由美子は終わりを選んでしまったのだから。 「由美子。赤ちゃんできたんだよ。見てる?」  大きな栗の木の下で、あの時と同じように、心臓が二つ、動いている。
2026/09/24 ・ 👁️ 42回 ・ 💬 0件

\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ

まだ感想はありません。

0 / 1000文字